UNLIMITED

□第3話―邂逅―
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B.A.B.E.Lに保護されてから1週間、少女は繰り返しの検査、複合超能力の種類、超度の確認を行っていた
最初の数日はそうでもなかったが程なくして連日の検査には皆本だけでなく賢木も付き添うことになった
というのも声が出せない彼女には筆談というコミュニケーション方法もあるけれどやはり手間がかかるし何より

「…やっぱり嫌われてるよなぁ…」
「嫌ってるんじゃなくて警戒がまだ解けないんだって、そんな落ち込むなよ
最初あれだけ問題児だったチルドレン達が懐いてんだから直に懐くだろ
俺だってまだ警戒されていることの方が多いからな」

皆本の半径2メートルには近寄らない、皆本だけでなく他の大人にしてもそうだ
検査を行おうとしても少女の周囲への警戒が半端じゃなく強くてスムーズに行えないのが大きい
人畜無害そうな皆本ですら警戒をいまだに見せる少女に手を焼いているのだ
そう言ってしまえば簡単な話で終わるが、事実まだ10歳そこいらの子供が今までと急に環境が変わっただけでなく見知らぬ人間に代わるがわる話しかけられたり身体に触れられたりするのはかなりのストレスだろう、普通の子供でもわがままで拒否を通すところを少女は距離をとっているけれどじっと耐えて検査させてくれている
一見スムーズに検査が進んでいるように思えてもしかし、超能力という繊細で未知な情報を読み取るのに精神の安定は必須ともいえる
彼女を安心させるためにも自分の意図を接触感応(サイコメトリー)で透視(み)てくれる賢木の存在は重要であった

「次はMRIだ、脳の断面画像を撮影するんだが五月蠅い音が30分くらい続くけど大丈夫か?」

こくり、と小さくうなづく少女は賢木の白衣の裾を握っている
顔や目線を合わすことはなくても、きちんと前を見据えて頷いて返事をくれるようになっただけありがたいものだ
普段子供という子供はチルドレン達位しか接触していない賢木にとって少女とコミュニケーションをとることは大変だった

常に「これで合っているのか?」の繰り返し

大人の女性の扱いなら自信をもって振る舞えるが、年端もいかない子供はどう扱っていいのかわからない部分の方が多い
過度に子供扱いするつもりはなくても
いくら透視(よみ)とれるといっても少女は高レベルエスパーなだけあってすべての情報を思うまま読み取れる訳ではないし、そんな無粋なことはしたくない
そんなことをすれば少女はまたあの精神世界に自分を傷つけてまで自制する黒体を形成してしまうだろう
頷くだけ、かもしれないけれどこの1週間ずっと傍にいることで小さいながらも信頼を得てきた結果がこの少女の反応なのだ

でも、心のどこかでまたあの鈴の音のような可愛らしい声が聴きたいと思うのも事実であった

少女に横になってもらい機械の中に身体をスライドさせて検査をしている間ここ一週間の検査結果を皆本が取り出して賢木に渡した

「この子の検査結果と詳細な超能力だ」

「どれ、見せてみろよ」

パサリ、と乾いた音をさせて眺めた書類には驚異的ともいえる数値が書いてあった

「念動、瞬間移動 超度7〜6
催眠(ヒュプノ)生体コントロール超度6〜5に特化…何?加えて精神感応(テレパス)超度4だと?
組織に居た時はなかったはずだろう?」

「きっとお前がサイコダイブした時に一部この子の精神を抑制していたオート反射解除を行ったことで無意識のうちの潜在させていた超能力に目覚めた可能性が今の所一番有力だと思う
もしかしたらまだ残っている彼女の抑制したオート反射部分を解除出来れば…」

「新しい超能力に目覚める可能性があるかも、ってか?」

「恐らくは、そしてあの組織もそれを狙って幼いころからこの子を拘束して実験を繰り返していたに違いない」



「能力に限界がない超能力者ね…」

話を聞けば聞くほど悪事に利用されることでしか組織に存在価値が求められてなかった事実にふつふつと怒りが込み上げてきて、くしゃりと賢木が掴んでいた書類の端が歪んだ




………―――

暫くすると検査が終わって解析されたデータと頭部の画像を見てにらめっこして考え込んでいる賢木に皆本がコーヒーを煎れたカップを差し出す

「お、サンキュ悪いな」

「どうだ?あの子の画像は」

「超能力を司るこの部分が異様に活性化している
きっとさっき話した精神感応(テレパス)の能力発現にも関係しているんだろうけど、活性化が続くようなら負担を避ける為にもあのリミッターは暫くつけておかないとダメだろうな」

「あんな縛り付けるみたいなリミッター、早く取ってあげたいんだが仕方ないか……もう少しデータがないとあの子に合ったリミッターが作れないんだ」

少女が歩くたびにじゃらじゃらと重々しい無機質な金属音が起こる

音自体はさほど大きくなくても無言の少女が、しかも真っ白な外見も相まって取り付けられている黒いリミッターが異質で違和感しか生み出していない

「…………」

検査待機室にちょこんと静かに椅子の上に座っている姿が映し出されているモニターを見てまた賢木の表情が険しくなった


「まあ、明日にでもデータは出揃うだろうしそしたらあの子に合うリミッターを作ってあげられるはずだ…ところで賢木、お前に折り入って相談があるんだが…」

「ん?なんだよ」

改めて真面目な顔で賢木に向き直り話を振る皆本
一体何の話だろうと賢木も居住まいを直して聞こうとすると

「あの子の……リミッター、どんなアクセサリー型にしたらいいと思う?」

「乙女か!!何だよ一体深刻な顔して何話すかと思えば!乙女かお前!」

「なっ、何だと!大事な事じゃないか!!あの子に渡す大事なリミッターなんだから気に入ってくれるものを渡したいだろう!!」

「知るか!勝手に作れ!!」

聞けば拍子抜けしてしまうような内容であったが凝り性な皆本にとって無口な少女に気に入ってもらえるものを作るというのはとても重要だったのだろう普段色々なことに注文が五月蠅い3人のチルドレンたちとももう2年近い付き合いになるからか
完全に世話焼き根性を発揮して特製リミッター作成に対する熱を上げていた
最先端の超能力技術が結集しているB.A.B.E.Lの技術の粋を用いても少女の能力をコントロールできなかったリミッターを作る…成程、皆本の研究員としての性をこれほどまでに刺激するものは他にないだろう、完全に瞳が輝いている

「賢木、あの子がどんなモノが好きか聞いてみてくれないか?デザインの参考にしたいんだ」

「あぁ?…あー、わかっ……」

めんどくさそうに髪を掻きながら返事を仕掛けた賢木がピタリ、と止まって妙な汗がたらり、と流れる

「…ところで皆本、お前ここ数日残業しまくって帰っているけど薫ちゃんたちに話したのか?」

「ん?いいや?あの子に関わることはまだだよ

色々ハッキリしていない部分も多いしまだ面会できないと言ってもアイツらが聞き分けるとも思えないからね
きっと面白がるだろうからもう少し落ち着いてから話そうと思ってるんだ」

「お前、それは失敗だったみたいだぞ…」

「ん?なんだよお茶濁すみたいな物言いだな」


ちょいちょい、と皆本の後ろを軽く指さした賢木に促されて振り返ってみたら皆本は一気に顔色を青ざめることになる
そこには

「毎日毎日帰りが遅いから差し入れ持ってきて手伝ってあげようと思って来てみれば…」

「皆本はん、女の子のアクセサリーのデザインにご執心やったんなァ…ウチら”以外”の」

「しかもアタシらが聞き分けできないだって?」

随分凶悪なオーラを纏った日本最強の特務エスパー「ザ・チルドレン」の面々がそこに居たのだった


「そんな事言うなんていーい度胸してんなァ皆本ー!」

「しかもウチらとそう歳も変わらん女の子の身体の写真じっくり眺めとるなんて!」

「大人ってフケツ―」

「MRIの身体の断面画像だ!僕はそんなものに欲情する変態じゃな…ぐああああああっ!」

「問答無用!」

「いてこましたれ薫!」

「わー、すっごーい潰れたカエルみたーい」

見事に聞く耳持たないチルドレンたちに哀れ皆本はサイコキノのせいで壁にひびが入る程押し付けられてしまっている

「ちょ、待て君たち!ここでそんな事するんじゃない!対エスパー設備が弱いんだから!」

「賢木ーッ!!設備より僕の心配をしろォ!!」


ミシミシ、と対エスパーの為の鉛が埋め込まれた壁にひびが入るくらいの圧力で皆本を埋め込むこの少女こそ

「うるさい!皆本の裏切り者!!」

超度7のサイコキノ、明石薫である

「そうやって!ウチらはいつも遅い皆本はんの為を思うて学校帰りにわざわざココ来たっちゅーんに!」

ワザとらしく涙目になっている眼鏡をかけた黒いロングヘアーの少女が同じく超度7のテレポーター、野上葵
ほぼ終業と同時にすでにB.A.B.E.Lに居るところを見るとどうやら通学で超能力を使わない約束を破って彼女の瞬間移動でここに来たらしい

「いつもワザとらしく仕事の話逸らすからおかしいなーとは思ってたんだけどね」

あ、でも思考プロテクターかけてて読めないようになってる、と少し冷めた表情でその光景をポッキーをかじりながら見ている少女が同じく超度7のサイコメトラー、三宮紫穂


この国トップの戦力を誇る3人が今この場に集まってこんな行為に及んでいるのは皆本が理由も話さずに残業の日々が続いていたのも大きいが自分たち以外のしかもそう歳が変わらなそうな少女にデレデレと(皆本はそんなつもりはないのだが)鼻の下を伸ばしていた事が彼女たちの怒りの9割を占めている
何時だって自分たちだけを見ててほしい、そんな子供の可愛らしい嫉妬で済むはずの事が超度7の高レベルエスパーの手にかかれば一気に病院へ重症患者送りになる一大事に変貌する
とはいえ、チルドレンたちとチームを組んでそう短くもない皆本含めこの場に居る人間にとってはほぼ日常茶飯事ともいえるこの出来事だが、一人だけは違った
一通りの痛めつけが済んで床に崩れる皆本を横目に3人の幼い瞳が不似合いとはいいがたくギラつく
今度の標的は賢木に移ったようだがこの年齢でそんな欲に満ちた眼光などどこで覚えてきたのだろうかと思うが今はそんなことを考えている場合ではない


「で!どいつなんだよ皆本が色めきだってプレゼント送ろうとしているヤツっての!」
「ネタは上がってんやで!さっさと白状しいや賢木先生!」
「大丈夫だよ二人ともーそんな事しなくても、透視(よ)んだらいいんだからさー」
「子供が寄ってたかって大人を武力で脅すんじゃねーよ!」

じりじりと壁際に追いつめられる賢木
ここで少女の居場所を言うのは簡単だが、あの少女を今このチルドレンたちに引き合わせれば間違いなく喧嘩腰に突っかかっていくだろう
皆本が関わった時のチルドレンたちの団結力と容赦の無さは他に追随を許さない程に徹底的という言葉が似合う
特に喧嘩っ早い薫は早々にあの少女に勝負を挑むに違いない

(いきなりあって超能力ぶちかますとか不良の挨拶じゃねーんだから、それは何とかして阻止しなきゃなんねぇ……けど、どーする俺⁉)

そうしたいのはやまやまだけどすでに八方塞がりに近いこの状況
どんな言い訳を考えても同じサイコメトラーで自分よりも超度が上の紫穂が向こう側に居る時点で自分に勝ち目はない
浮かんでは消えていく言い訳が11個目になった時、奥の扉が開いた

「ん?…っ?何?」
「何や薫?って!」
「この場に水を差すなんていい度胸しているわね…っ⁉」


ゆらり、と殺気じみたチルドレン達の目線が向くと皆一様にその視線の先にある者に言葉を失った
そこには




『……!』

小さく息を飲む手錠に繋がれた少女が控えめにドアの後ろから様子を伺っていた
興味深そうにこちらを好奇の目で見つめてくる3人に少し怖気づいて一歩引きかける少女
自分の知らないうちに見知らぬ人間が増えていて心の準備が出来ていなかったのだろう
素直な反応だった

「何あれ、白いの…」
「しかも目ェめっちゃ紅いやん…ウサギみたいやな」
「アルビノっていうのかな、初めて見た…」

「バッカ…!こっちに来るな!戻れ!」、

賢木の後ろに倒れている皆本に目を向けた少女には一体この光景がどういう風に見えたのだろう、そして戻れと声を荒げた賢木が自分を庇って見知らぬ子供に追いつめられているその光景を少女は一体どう思ったのだろう
更にその横で倒れているのはふさぎ込んでいる自分にここ1週間根気よく気を使いながら距離を縮めようとして優しくしてくれた皆本だ

(皆本の、お兄さんが、倒れてる…)


……―――
こちらを向くときは膝をついて話してくれて

「検査ばかりで疲れてないかい?もう数日の辛抱だよ」

自分の事の様に尽力してくれた

「あとちょっとでデータが揃ったら、そしたら君にももっと合うリミッターが調整できると思うんだ」

そんな彼をこんな風にしたのは他でもないあの見知らぬ3人に違いない、幼いながらに人に危害を加えるエスパーなのか
そう思う頃には少女の身体はドアの前に立って少しだけ力の籠った目をチルドレン3人に向けていた
自分が警戒して慣れない相手だったとしても無条件な優しさを注いでくれた相手の危機を見過ごすほど少女は卑怯で臆病ではなかった
それが賢木にとって誤算であった

「っ!」

いつも無表情な彼女が初めて感情らしい感情を覗かせた
普段の表情と大きな変わりはないように見えるがその目からははっきりとした怒りが浮かんでチルドレン達に向けられていた
制止の言葉を述べるよりも早く賢木の身体は浮遊感を一瞬感じて
次の瞬間、地面に足が着き直して軽い衝撃を感じた
景色が一気に変わって目の前にあるのはチルドレン達3人ではなく白い少女の小さな、だけども力に満ち溢れた背中である

(しっかり抱えてて、ドクター)

「っ!?」

頭の中にまたあの鈴の音のような声が響いたと思ったら次いで自分の横でに床に臥していた皆本が振ってきて慌てて落ちないように反射で抱き留める


「っと…待て、その子たちは!」

制止しようにも自分はこの少女の名前を知らない、

……まただ
サイコダイブの時に感じた、手が思うように届かないもどかしさが生まれる

(またこの子に声が届かない思いをするのか…?)

こんなことになるのなら忙しさにかまけず少女と向き合って名前を考えればよかったのだ、検査よりも何よりもそれが大事だったというのに
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