過去の拍手

□君と見たい春がある
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ーー.....春の花が沢山出てくる話が良いです
「.....そんなトコいちいち注目して見てねーよ」
普段から防衛任務で中々休みが合わない二人の休日が合致した。会う度にさり気無く探りを入れていたが、自分の休日と同じ日付が聞けた時はポケットに突っ込んでた手で思わずガッツポーズをしていたのは秘密である。そうとなれば前々から労いと託けたデートを誘えずにいた荒船がする事は一択。普段から任務で世話になっている礼に何かさせてくれないか、と真っ先に話を持ちかけた。こちらに気を遣ってなのかは知らないが映画を見ようと言ってきたまでは良かった。意中の彼女のリクエストが想像の斜め上なのを知るまでは......こればっかりは普段可愛いと思っている相手でも、理解出来ない無邪気な女心が憎らしい。
ガチャリ、とラックの戸を開けて規則正しくジャンル分けされたDVDの一覧を端から眺めた。開ける時、硝子に映った目つきの悪さがいつもの二割り増しになっていたのを荒船は知る由もない。気付く余裕も無いのだから。
(つーか、花咲いてりゃ大体春じゃねーのかよ)
隊室にある自慢のコレクションを眺めながらげんなりと部屋の主は溜息をついた。向日葵、秋桜のような季節の代表的な花以外はどれも同じに見える荒船にとってこのリクエストは頭を抱えるものであった。
普段彼が映画を見る上で重要視している点と言ったらアクションが派手で見応えがある、役者の演技が豪快で見入る、CGが繊細である、何より好きな演者、監督であるかどうかだと言うのに。
何故、花?意味がわからない。帽子を取って髪をガシガシと掻きあげても全く思考は整理されない。そもそも今回の彼女の声は銃撃、爆発、スタントアクションオンパレードの自分の知識に求める意見じゃないのだ。ただ...
ーー......映画、楽しみです
「〜っ‼」
去り際の彼女を思い出し声にならない苦鳴を上げる。単純に考えればカップルのデートで恋愛映画を選択肢に思いついて多少のムードを盛り上げるように仕向けるのがセオリーなのだろう。けど、自分の得意分野で一緒に楽しい時間を過ごせたら...と荒船が考えようとすればする程そのセオリーから遠ざかってしまう。出水や米屋がいたら笑いながら揚げ足を取っているだろう。映画バカだ、と。
「これで行くか」
ギリギリまで悩んだ結果、とある決意と共に一枚のDVDを取り出して部屋を後にした。
ーーーー
「悪い、待たせた。雨なのに悪いな」
「全然、私も今来たとこだから」
朝家を出た時、前日よりも低くなった気温に少しだけ腕を擦り合わせたのを思い出し何処か中で待っててもらえば良かったな、と謝る荒船へ返事をする彼女。相変わらず優しい、とグッと顔が緩むのを耐える。待ち合わせ場所で姿を見つけた時点から駆けるよりも既に速くなっている鼓動を必死に抑えていた。もっと会話もしたいけど落ち着くためにも早く目的地へ行かねば。
「じゃあ、行くか」
目的の場所はカラオケボックス。歌う訳ではない、持ち込みのDVDを大画面、大音量で映像を眺められる事を知ってから見たい映画がある時、荒船は何度か利用している。
「カラオケボックスでDVD観れるって知らなかった」
「最近は結構多いな、色々行ったけど此処が一番防音もしっかりしてて...」
防音、と自分で言ってはたと我に返る。自分がいつも来る感覚で何にも気にしてなかったが、カラオケボックスと言うからには個室だ、何なら密室だ、しかも防音の。罪は無いものの以前、野郎同士の下世話な内容で盛り上がったのを想起させた原因の同級生はじめ、ボーダー隊員達を脳内で片っ端から孤月の錆にしておいた。この間、2秒。
(何もこんな時に思い出させんなよ、あいつらクッソ......‼)
「へぇー、詳しいんだね」
「あと大画面で画質も良いからな‼」
言い訳する訳でないが、そんなつもりじゃない‼と切実な感情を背後に背負いつつ、下世話な理由で選んだと彼女に思われたくなくて必死にもっともらしい言葉を後付けした。後、慣れた手つきでリモコンを操作して部屋の照明を落とす。
「わ、」
「あー、悪りぃ驚かせて。いつも暗くして観てるからつい癖で。明るい方が良いか?」
「ううん、大丈夫」
ほんとに映画館みたい、とブランケットを抱いて暗がりで微笑む彼女にまた緩みそうになってしまった顔を明るい中で直視されなくて心底良かったと荒船は思った。
既に映画を観ている荒船にしてみたら何度目かのおさらいのようなものである。飲み放題のバーから持ってきたドリンクを口に含んでソファーに寄っかかり、こっそりと横目で彼女の反応を伺う。薄く開いた口がストーリーに集中している事を伝えている、概ね感触は良好らしい。だがどこまで距離を詰めて座ったら良いかわからず、つい緊張のままどっかり座った結果、空いた距離は大人二人分。眺められるのは良いがそれならいつもと変わりない。もっと欲を出せば良かった...と項垂れた顔をしていると軽く肩を叩かれるといつも脳内でリフレインしていた声が随分身近に感じられる。
「ん?」
「荒船君はもうこの映画見てるんだよね?つまんなくないかな、私ばっかり楽しんでて」
「い、いや待て違ぇよ」
誤解を解きたいけれども、予期せず内緒話の距離まで近づいた彼女の前で急に冷静になれる程準備は万端ではない。少し傾けば柔らかそうな肩が触れる、その事実で荒船の頭が占められているのだから。
「前にこのシーンで先にネタバレされた事思い出してさ」
一時停止ボタンを押して、だから違うぞと返事をする。いつも遠巻きから見つめていたバッチリ澄んだ目と合ってしまった、やはり近い。
「あぁ、そうかここ映画館じゃないから再生止められるんだった。つい映画館で話す感覚になっちゃって、急にごめんね」
「速すぎて目が追いつかない時とか俺もよく繰り返し見たりするし、好きに止めて良いんだぞ」
(これで大丈夫、だよな)
映画の音より、彼女の声より、自分の心臓の方がうるさくて荒船は必死に冷静を装った。彼女が内緒話の距離のまま座り直してしまった為に鼓動を落ち着かせるのには更に時間を要したけれど、そのまま映画の終わりまで過ごす事となり、わずかに意中の人の体温の気配を感じる近さに嬉しさを噛み締めていた。
スタッフロールまでに至った後、彼女は不思議そうにしていた。それも当然、春の花など作中何処にも出てこなかったのだから。
「あー、そのな、色々手を尽くして探したんだが俺の手持ちにも知識にも春の花の映画は無くてさ。だからこれで勘弁してくれ」
「これ...わざわざ?」
「一番これが春っぽかった、ってだけなんだが」
彼女の言葉に無言で頷いた。カサリ、と包装の擦れる音と共に荒船が差し出したのは春色の花弁に彩られた一輪のガーベラ。
別の花が良かったか?もっと多い花束の方が良かったか?いやいや急に花束とか気合い入れすぎだろ、と逡巡していた荒船の不安を消失させたのは他でもない。
「ありがとう、すごく嬉しい」
花が咲くように顔を綻ばせた彼女だった。
「本当はお花見を一緒に出来たらな、って思ってたんだけど天気予報は雨だし荒船君が楽しめるかわからなかったから。あんなリクエスト言っちゃったんだ」
「それでか、そうならそうと言ってくれりゃあ幾らでも付き合うぞ。普段花になんか注目して映画見ねーから探すのに骨が折れた」
「ごめんね、でも...お花も嬉しいけど」
「あ?」
「普段あれだけ忙しい荒船隊長さんの頭の中をこんなわがままで独占できた方が嬉しいとか思っちゃうかも。困らせたのは本当にごめんなさいだけどね」
ふふ、と可愛い優越感と独占欲を嬉しそうに話す彼女の笑みに一瞬思考が停止する。光よりも速く見事に射抜かれてしまったと同時に心に湧き上がってくる感情は。
(こ、いつ......‼)
惚れた弱味でぽやぽやしている笑顔に振り回されるのは悪い気分ではないが、面白くはない。言葉通り彼女の事でいつも以上に頭がいっぱいだったのは認める。だが茶化されたくなくてロクに相談出来ずにどんな手を尽くせば良いか一体こっちがどれだけ頭を抱えたと思っている。荒船がソファーの背もたれにかけてた腕の震えを堪えて拳を作った後、少しずらして掌を細い肩に乗せるのと彼女の視線の逃げ場を奪うのは同時だった。
「...なぁ?そんな事言ってっと、俺だって今お前を独占してるって自惚れるぞ」
少しだけ力が込められて、熱が骨ばった掌から、任務中とも違う真摯な視線から熱が伝わる。

だって、振り回されっぱなしじゃ男が廃るってモンだろ。
【君と見たい春がある】



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