short/温かな光
□純粋な瞳に
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あの頃のナマエは、いくつだったろうか。13、4くらいか、或いはもう少し幼いか…。
彼女は巨人による襲撃で屋敷と家族を失ったものの、常に純粋な瞳と笑顔で周りを魅了していた。
「エルヴィン、お前そーいう趣味があるのか?」と周りの兵士達から何度からかわれようが、私にはこの子を守る義務があると感じていた。
「ねぇエルヴィン」
幼い彼女は、私を名前で呼んでいた。
「わたし、お父様とお母様の子じゃないんだって」
「…どうしてそう思うんだ?」
「ご近所のおば様達がそう言ってたの。いつも聞こえていたわ」
「そうか」
と頭を撫でてやると、ナマエは嬉しそうに笑った。
「エルヴィン」
「ん?」
「わたしの本当のお父様とお母様は、どこにいるの?」
「…それは、私にもわからないな。会いたいかい?」
「ううん。エルヴィンがいるから、いい」
令嬢として育てられていたのは見てとれた。言葉遣いや仕草や表情、そのひとつひとつが繊細で華麗で、気品があった。
現在のナマエに至っては…兵舎で暮らすうちに、適応したのだろうか。(決して変な意味ではないが…)
こころは真っ直ぐで汚れを知らず、しかし確実に、日を追う毎に体は大人びていて。それでもナマエは私から片時も離れず、むしろ私の傍にいたいと、調査兵団への入団を希望した。
彼女には兵士としての適応力はなかったが、細やかな配慮ができる面から、私は彼女を書類業務や雑務処理の為に自分の傍においた。訓練すら受けさせなかったのだ。
…今思えば、彼女に兵士としての適応力がないなどと実際知りもしなかった。壁外に彼女を送り出す事を考えたくもなかったのだ。
「エルヴィン、もう寝よう」
彼女は必ず私と共に眠った。
朝がくると彼女は私の頬にキスを落とした。
「おはよう、エルヴィン」
妹のような、娘のような。
最初はそんな感情だったはずなのに。
いつからだろうか。
愛してしまったのは。
「ナマエ、君の部屋を用意した」
「…どうして?」
「私は男で、君は女性だ。もう一緒に眠る事は出来ないんだよ」
ナマエは眉をハの字に曲げて、つぅ、と涙をこぼした。
「わたしは、子どものままでいい」
「そういう訳にいかないんだよ」
「エルヴィンがいないと眠れない」
「ナマエ、君を大切だから、言ってるんだ」
当時のナマエにはきっと理解出来なかっただろう。
私に追い出されたと感じたかも知れない。
「エルヴィンの言う事、聞く」
「…いい子だ」
「だから、嫌いにならないで」
そう言ったナマエの頭を、優しく撫でた。
「ナマエの事を嫌いになる日なんて、こないさ」
「良かった…」
そうやって、私はナマエを守ったつもりでいた。
「エルヴィン…じゃなくて、団長。わたし、今日はこれで失礼しますね」
日に日に大人びていくナマエ。
どこで覚えたのか、うっすらと化粧までするようになった。髪の束ね方も誰かに教わったのだろうか。
そんな彼女が、夜、仕事を終えて部屋から出ていくたびに何度引き留めようとしてしまっただろう。
だけどそれで良かったのだ。
あの頃の私は、ナマエが傍にいるだけで十分だったのだ。
それなのに、なぜ…。
私は彼女を抱いていた自分を後悔している。それを過ちだと知りながら、離れられずにいた。
それをようやく、自分の心にナイフを突き立てるような想いで彼女の為にと考えた結果がこのざまだ。
彼女は…ナマエは今、違う男の腕の中で、幸せそうに眠っているのだろう。