short/温かな光
□なんだかんだ言って思春期の僕は
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兵舎の隅で、何やら口を尖らせているナマエを見つけた。
「エレン、なに見てるの」
「あぁミカサ、ほら、あれ…」
ナマエが何やら言葉を捲し立てているが、その相手―人類最強の兵長様―は無表情でナマエを見つめている。
「痴話喧嘩でしょ」
「そーだろうけどさ」
「エレンが首を突っ込む事じゃない」
「んな事わかってるよ」
とは言いつつ、なんだか気になって仕方ない。
ナマエは何をそんなに兵長に怒っているのだろうか。
「ミカサ、やっぱり俺気になるから、先に晩飯食っといていいぞ」
「…サシャに食事取られても知らないから」
「お前、こーいう時にこそ『エレン(の食事)は私が守る』とか可愛い事言えよ」
その瞬間、鈍い音と共になぜか尻餅をついたのは、きっとアクシデントだ。
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「リヴァイのケチ」
「何度も言わせるな。許可できん」
「ケチケチケチケチ!」
「俺はお前を思って言ってやってるんだ」
なんの話かはわからないが、やはり痴話喧嘩のようだ。
「私だって王都に行ってみたいし、何よりエルヴィン団長のお手伝いが出来るんだから!」
「だから危ねぇって言ってんだよ」
「あ、もしかして団長にヤキモチ?」
ナマエがえへへ、とにっこりと笑った。
訓練兵の中でもナマエに憧れている者は多い。男女共にだ。
それはこの厳しい訓練の中、「お疲れ様」と柔らかく微笑んでくれる魅力に取り付かれてしまっているからかも知れない。
(ナマエが訓練兵の研究と称してよく訓練の見学に顔を出していたので、皆、馴染みなのである)
「ナマエ、お前は誰のものだ」
「…またそんな事。わたしはわたしのものなの」
「躾が足りねぇな」
兵長はそう言ってナマエの腕をつかみ、引きずるように部屋へ向かう。
「ちょ、リヴァイ痛い!」
「エルヴィンにおかしな真似されないようにしてやる」
「もう!団長はそんなじゃないから!」
「心配なんだよ」
きっとナマエからは見えないだろうが、俺からは兵長が顔を真っ赤にしているのが見えた。
この光景をジャンが見てなくて良かったと心底思った。
そしてその後を悪趣味にもこっそりつけてしまった俺は、部屋の中からナマエの艶めいた声を聞いた。
いつも爽やかで清楚なナマエの、激しいよがり声…
俺はなぜか逃げるように食堂に滑り込んだのであった。
もしかしたら憧れのナマエが淫らな声で兵長に抱かれている事を、心の中で悔しく思ってしまったのかもしれない。
「エレン?」
ミカサが声を掛けるが、まともに顔を見れない。
女性というのは、みんなあんな声を出すのだろうか。…ミカサも例外なく、そんな雰囲気になれば。
「な、なんでもない。よし!明日に備えて、飯食わなきゃな!」
思考を切り替えて、自分が調査兵団を目指している想いを再確認する。
俺は強くなるんだ。強くなって、巨人を駆逐するんだ。今はこの想いだけでいい。
「あ、エレンごめんなさい…てっきり余ってるのかと思って、食べてしまいました」
というサシャの言葉に絶句してミカサを見れば、ふい、と知らん顔をされた。
何はともあれ、この世界は、残酷だ……