short
□elegant night
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決して狭くはないその会場で、沢山の男性に囲まれている彼女の姿は目立っていた。
彼女は宝石の散りばめられた華やかなドレスに身を包んでいた。一目見た瞬間に美しい女性だとは思ったが、どこか不思議な違和感を覚えた。
「あら、エルヴィンじゃない」
以前のパーティーで顔を会わせた女性に声を掛けられ振り向いたが、その名前など覚えていない。
「ねぇエルヴィン、」
「なんだい」
「あなた、結婚しないの?いい男なのに」
身長差のせいもあるのだろうが、上目使い気味に話し掛けてくるこの女性に、いい気分はしない。
ふと先程の女性に目を移せば、男性たちの誘いに困惑している様子が窺えた。
あぁ、そうか。さっきからの違和感はこれだ。
身なりも仕草も美しいのに、慣れている感じがしないのだ。このような場に。
「ねぇったら」
「ああ、そうだな」
とベタベタとくっついてくる女性に適当に返事を返すと、ふてくされて離れていってしまった。
いけない。このパーティーは調査兵団の資金集めのものだ。仕事のうちなのだから、愛想よくしていなければ…
会場内にふわりと曲が流れ出して、ダンスが始まった。
男女が手を取り、踊り出した。
誘われるがままに数人の女性と踊る。その合間に今夜はシャンパンを飲んだ。
「あの」
小さな声に振り向けば、あの彼女がいた。近くで見ると、ますます場馴れしていない表情に違和感が増した。
「あの…」
「どうか、したのかい?」
「あ…」
彼女は顔を真っ赤にして、私に料理の乗ったプレートを差し出した。
「さっきから、あなた、何も食べてらっしゃらないから…」
「それなら、君も同じじゃないか」
そう言ってしまってからハッとした。
私はずっと彼女を目で追っていて、彼女もまた、私を見ていたのだろうか。
「ありがとう、いただくよ。だが君も何か食べなさい」
「は、はい」
そうして二人並んで食事をとる。彼女は私に料理を取ってくれたり、飲み物を持ってきてくれたりした。
「君、名前は?」
「え?えっと…」
「聞いちゃまずかったかな?」
「い、いえ!だけど、わたし…」
不意にそっと辺りを見回して、彼女は小さく言った。
「み…身代わりなんです。お嬢様の……」
「身代わり?」
「はい。お嬢様が行きたくないと仰られて、メイドのわたしが」
場馴れしていないのにも、なかなか気が利く様子にも納得がいった。
「ここで名乗る名前は…お嬢様のお名前で、ローザ、です」
「では、君の本名は?」
「え?そ、そんな事言ったら、ご主人様に叱られます…!」
「ちゃんとローザと呼ぶよ。大丈夫」
ローザと名を偽った彼女は、ボソリと「ナマエ…です」と言った。
「素敵な名だ」
「な、内緒ですよ。あ、飲み物を持ってきます」
「バルコニーで待っているよ」
なぜか彼女に興味を持ってしまい、仕事だと言う事を忘れてしまいそうだった。
しばらくして、シャンパンのグラスを二つ持ってバルコニーに現れたナマエの表情は、当初のそれとはうって変わって明るいものだったのだが…私の周りには女性が3名おり、ナマエの表情は再度曇ってしまった。
「ねぇ団長様、今夜はわたくしと、ね」
「あらやだ。エルヴィンはあたくしと約束をしたのよ」
「ふふ、残念ねあなた方。団長はずっと前から私と夜の約束をしているの」
女性達の会話にナマエは顔を真っ赤にして後退りし、踵を返してバルコニーから会場へ向かう。
「ちょっと、すまない。また今度会おう」
私は彼女たちにそう告げてナマエの後を追った。
「…ローザ、それは私のシャンパンだろう?他の誰かにあげるつもりかい?」
「わたし、大変な失礼を…」
「ん?」
「あなたがまさか、団長様だったなんて…」
「…君に伝えたくなかったんだよ。せっかく仲良くなれたのに、気を遣わせたくなかったからね。すまない」
「……調査兵団団長の…エルヴィン・スミス様なんですね」
「そうだ」
「わたしなんかが、お話しして良い相手では…」
「いや、今日のパーティはとても楽しいよ。ローザに会えたからね」
「そうやって、あなたは色んな女性と…」
瞳を滲ませるナマエに愛しさを感じた。
初めて参加したパーティで、純粋な彼女は彼女なりに一生懸命なのだろう。
「私は調査兵団の資金集めの為にこのパーティーに参加しているんだ。本当は私だって、こんな窮屈なところに参加したくはないさ」
「え」
「君と同じだよ、ナマエ」
誰も入り込めない雰囲気が私たちを包んでいるのがわかった。
「ローザ、次回のパーティーは来月の10日だ。気が向いたら是非」
「え」
「それと、」
「………」
「もしも今のお屋敷で辛い事が重なるようなら、調査兵団のエルヴィンを訪ねなさい。悪いようにはしないから」
そうして一言、
「今日はありがとう、ナマエ。楽しかったよ」
耳元で彼女の名前を囁けば、潤んだ瞳から涙が一筋こぼれた。
参ったなぁ、これでは私が泣かしているようだ。
「じゃあ」
そう私たちは別れたが、彼女が私を訪ねてくる日は遠くないだろう。
私はどうやら、あのあどけなさの残る可憐な少女ナマエに、心を奪われてしまったようだ。
「ナマエ…」
とゆっくり名を呟いて、一人小さく笑った。
Ende.