short/song
□例えばその時も
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たまたま廊下で団長にあった。なんだかいつもより表情が暗い。徹夜したんだろうかとか、体調が悪いんだろうかとか色々考えたけれど、そんな様子ではないようだ。
わたしには計り知れない、何かがあったのだろうか。
「団長?」
「ああ、ナマエ」
わたしが近くを通りかかった事も、気付かないくらいに。
「団長、今お忙しいですか?」
「お茶でも淹れてくれるのかな?」
「はい」
相変わらず色気たっぷりの団長に安堵して笑みが零れた。
団長室には誰もおらず、わたしは昔のようにコーヒーを淹れる。
こうして毎日を過ごしていた頃が懐かしい。
「ナマエ」
「はい?」
「君を愛してた」
唐突な言葉に、しばらく身動きがとれなかった。
「…や、やめて下さい、団長。今そんな事を言うのは」
「いや、言わせてくれ」
団長がいつになく真剣で怖いくらいだ。どうして急にそんな事を言い出すのだろう。
「ナマエの笑顔が、私の希望だ」
「団長、そんな事、冗談でも言わないで下さい。あなたは人類全ての希望なんですから」
「…君は美しい。そして残酷だ、相変わらず」
それは団長じゃないですか。その言葉を飲み込んで、団長の揺れる瞳を見つめた。
どうしてそんな顔をするの。
「私には背負うものがありすぎる。だからリヴァイにナマエを託した。リヴァイなら、ナマエを守ってくれるだろうと」
「わたしは――」
「ずっと、ナマエが笑っていられるようにとそれだけを願って」
まるで今から死んでしまうような、そんな言葉はやめて。
「私の事は忘れてくれて構わない」
「どうして、そんな事言うんですか…」
溢れる涙を止める事が出来なかった。
どうしたの団長。お願いだから、もうやめて。
「ナマエ。君を泣かせたい訳じゃない。頼むから、泣かないでくれ……ナマエ」
団長の大きくて温かい手が、わたしの頭を優しく撫でてくれる。
「ナマエが大人になっていくのが、私は怖かったな」
「…まるでお父さんですね」
「それでも愛してしまったのだから、仕方ない」
その関係は、決して誰にも咎められるものではなかった。
それなのにわたしを手放したのは、あなたでしょう、団長。
「ナマエ、頼みがある」
「…はい」
「死なないでくれ」
ああ、彼はこれから、大きな戦いに挑もうとしているのだろうか。
「団長…私は巨人ではなく人間です。必ずいつかは死ぬんですよ」
「だったらその時も、笑顔で…頼む」
団長の言いたい事が少しわかった気がした。
どうして団長は、こんなにつらい思いをしなければならないんだろう。
前にアルミンが言っていた。団長は目的の為なら犠牲をいとわない人だと。あの時は人類の希望に成り得るエレンの為だったから頷いて聞いていた。
だけどあの見解を解釈する想いは、違ったのだ。
彼だって…団長だって十二分に傷付いている。修復が不可能な程に。
わたしはコーヒーを団長の机に起き、彼にすがり付くように、彼を抱き締める。
「団長。わたし、幸せです。あなたに出会えて」
その2日後、彼は第57回の壁外調査へ出発する。
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Dearest/浜崎あゆみ