パパと兵長とわたし
□5
1ページ/1ページ
「よろしくお願いしますバナナ班長!」
「…ナナバだよ」
憲兵から異動してきたその子は、まるで内地にいる普通の女の子のようだった。一体どうしてこんな血生臭い所に来たのだろう。
「君、変わってるね」
「そうですか?」
「うん、とても変わってる」
彼女は「えへへ」と照れるように笑った。言っとくけど誉めてないからね。
「班長、モテるでしょう」
「は?」
「男の人って、どーしたら喜んでくれるんですか?どうしたら兵長の笑顔が見れるんでしょうか…」
何を言い出すのかと思えば。と言うかその願いは永遠に叶わないんじゃないかと思ったけど、あまりにもナマエが真っ直ぐに見てくるものだから、無理だなんて伝える事はできなかった。
「兵長に憧れてるの?」
「憧れも何も、恋人です、わたし。兵長の」
目の前のこの子が一体何を言っているのかわからない。恋人ってなんだっけ。兵長って誰だっけ。私はナナバだ。
「全然笑ってくれないんですよ、兵長。どーしたらいいんでしょ」
「え?えっと…ちょっと、話が理解出来ないんだけど」
「男の人が喜ぶ事を知りたいんです」
「そーじゃなくて、えっと、君が?兵長の?」
「はい。わたし兵長の恋人です」
まさか、と思うが自信満々なこの子の様子を見ている限り嘘ではないのだろうか。ナマエは「つまり兵長もわたしの恋人って事になるわけなのです」なんて胸を張っている。
いやいや、有り得ない!絶対嘘だ!まさか!兵長が、こんな子ども相手に…!
「言ってもいいけど内緒ですからね」
もう!頼むからこれ以上ややこしい事を言うのはやめてくれ!
--------------------
俺は今急いでいる。とにかく急いでいる。
周りの兵士がコソコソと俺の噂話をする声が聞こえるが、とにかく急いでアイツに会わなければならない。
「ナマエ!」
「兵長おかえりなさい!」
と満面の笑みで迎えるナマエ。そんな顔しても俺は許さねぇぞ、怒ってるんだからな。
「ナマエお前、誰かにおかしな事言っただろ」
「おかしな事?ってなんですか?」
きょとんと小首を傾げるナマエにイライラする。
「俺とお前が、恋人だって」
「ああ!その事!」
「ああじゃねぇよ。誰がいつお前と恋人になったんだ」
ナマエは「冷たいなぁー」と頬を膨らませた。
今日ミケが突然「言いにくいんだが」と切り出してそんな話になった。違うと言ってもミケは「最近女の匂いがする」とか言い出した。変態か、と返せば「お前の方がな」とフッと笑われた。クソが。
「訳のわからん噂を流すな。迷惑だ」
「でも同じ部屋で過ごして愛を囁いてたらそれってもう恋人じゃないですか?」
「俺はお前を見張ってるんだ。自分の立場をわきまえろ」
「わたし束縛は嫌いじゃないです。あ、でも物理的に縛られるのはちょっと…。いえ、わたしは兵士…!兵長になら縛られても本望です!」
うわぁ…なぜこの場面で敬礼…
--------------------
「と言う訳だエルヴィン、なんとかしてくれ」
俺はエルヴィンにナマエの奇行を話す。エルヴィンが「いいなぁ」とボソリと言ったが聞こえないふりをした。と言うか俺の聞き間違いだろう。エルヴィンはそんな事言わない。
「ナイルに聞いたところ、あの子は元々家族がいないようだ。だからリヴァイを兄のように想ってるんじゃないかな」
「家族がいない?」
「孤児だそうだ。そしてもうひとつ…君に言おうか悩んでいたんだが、彼女は地下街出身だ」
「は?」
「君と同じだよ、リヴァイ」
地下街?ナマエが?まさか。あんなドロドロしたところで育った人間が、あんなキラキラと笑える訳がねぇ。
「ナマエを頼むよリヴァイ。君にあんなに懐いている」
「だったらお前からもおかしな事を言わねぇように注意してくれ」
「そんなに彼女が嫌なのか?あんなに可愛いのに」
あ、エルヴィンはっきり言った。
「…調子が狂う」
そうだ。ナマエが嫌いだとかそんな理由じゃねぇ。なぜかナマエといると調子が狂う。今までの自分じゃなくなる。それが俺はとても不愉快なのだ。
部屋に戻れば、ナマエはまた「おかえりなさい!」と笑った。
「ねぇ兵長」
「なんだ」
「今日から一緒に寝て下さい」
「お前、何度言ったら…」
「兵長の身体が心配です。ベッドでゆっくり休んで下さい」
ナマエがペコリと頭を下げた。変な意味じゃなく、俺を気遣って言ってくれてるようだ。
いやいや変な意味ってなんだ。そんな事なんにも思ってねぇぞ俺は。期待なんかする訳ねぇだろ、勘違いすんじゃねぇよクズが。
俺がシャツを脱ぎ出すとナマエは視線を外した。
部屋着に着替えベッドに腰掛けると嬉しそうに笑う。
「さ、兵長ちゃんとお布団着てくださいねー」
「お前は俺の母ちゃんか」
「恋人です!」
と頬を膨らませるナマエが少しおかしくて、俺は鼻で笑ってしまった。
「あ、兵長が笑った!」
「なんだ、笑っちゃおかしいか」
「ううん、嬉しい!」
どこまでも能天気な奴だなと思いながら、久し振りのベッドが心地よくて、俺はナマエの隣ですぐに眠りに落ちた。