long/温かな光
□2-10
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相変わらずノックもせずにこの団長室に入ってくるのは、リヴァイだけだ。
そして彼は苛立っていて、その理由を私は知っている。
「エルヴィン…。ナマエが立体起動の訓練をしている」
「あぁ、知っていたよ」
「お前も指導してるのか」
「私は何も。ただ、ここから訓練場が見えるからね。時々、ナマエを見ていた」
リヴァイはソファーにどっかりと腰掛けた。
不服そうな表情では、何かを考え込んでいるようだ。
「エルヴィン…」
「なんだ?」
「ナマエが、どんどん離れていく。止められないのか」
「彼女の意思は固い。元々気位の高い性格だからね」
「…そうだな…あぁ、確かにそうだ」
私は書類に向かう手を止めて、紅茶を淹れる。二人分だ。
「リヴァイ、少し昔の話を聞かせてくれないか」
「…昔?」
「君はナマエと以前から知り合いだと言っていたね」
「そうだ。あいつがまだ子どもの頃の話だがな。資産家の跡取りとして養女になった憐れな娘だった」
「どんな子だったんだ?ナマエは」
淹れた紅茶を机に置き、リヴァイの向かい側のソファーに腰掛けた。
「能天気な奴だった。軟禁状態で自分の屋敷しか知らねぇ。…クズみてぇな大人たちに叱られてばかりだったな。なのにいつもへらへら笑ってた」
「ここへ来た頃のナマエも、いつも笑っていた」
「いつしか俺は、ナマエを窓ごしに見ているようになった。…自由な世界を見せてやりたかったが、当時の俺には難しかった」
“こんにちは。…あなた、こんな所で何しているの?木の上は危ないわ、こっちにいらっしゃって”
「ナマエは、ガキのくせに今のあいつからは出そうもねぇ上品な口調で俺を呼んだんだ。馬鹿みてぇに、俺は吸い込まれるように窓枠に腰掛けた。…馬鹿だったな」
“ねぇ、あなたこんな所で何しているの?おうちはどこ?”
“お前、名前は?”
“わたし、ナマエ・ミョウジ。ねぇあなた、外の世界を知ってる?”
「あいつは俺に外の世界を教えてくれと言った。…てっきり壁外の事かと思ったが、ナマエの言う外の世界ってのは、屋敷の外の話だったんだ。…憐れだった」
“ねぇ…お屋敷の外には怖い人たちが沢山いるってお父様が言うのだけど、本当なの?”
“……出たいか、外に”
“出たいわ!”
「そして皮肉にも、あいつは巨人のお陰で外へ出られた」
それ以降は、私の知るところのナマエだろう。
「その事なんだが、リヴァイ」
「…なんだ」
「その屋敷に巨人が現れ、たまたま通り掛かった我々が彼女を助けたのだが…なぜあそこに巨人が現れたのかは、今でも謎だ。壁に穴など開いてはいなかった。3m級の巨人だったからこそすぐに仕留められたが、謎の多い一件だった」
リヴァイは幼い頃のナマエを思い出しているのだろう。じっとテーブルを見つめたままだ。
そして、
「エルヴィン、ナマエを止めてくれ」
弱々しくそう言った。
「…無理だよリヴァイ。彼女は誰にも止められない」
「あいつが兵士にならねぇなら、お前にくれてやったっていい」
あぁ、リヴァイはまだまだわかっていない。
ナマエが今どんな志で兵士を目指しているのか。
だからこんな愚かな発言をするのだろう。
私はとうに冷めてしまった紅茶を飲み干し、リヴァイの視線に首を横に振る他なかった。