long/温かな光
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「大丈夫だよ」
何度もエルヴィン団長はそう言ってくれた。
…何が大丈夫なんだろう。
馬車の窓から調査兵団の旗が見えて、馬車が止まる。
兵士達が「団長、お疲れ様です」と出迎えて、わたしは団長に手を取られて馬車から降りた。
王都で顔の傷が癒えるまで過ごした。時間はかかったけれど、わたしさえ毅然としていればリヴァイにはバレない。
「遅かったじゃねぇか、エルヴィン」
聞きたかった声が聞こえた。だけど、体はその声を聞きたくないと言って強張っていた。
「あぁ、今回ばかりはなかなか相手側との交渉がうまくいかなくてね」
「そうか」
毅然としていなければ。
わたしは顔を上げて微笑んだ。
「ただいま、リヴァイ」
「ああ。どうだった、王都は」
「王都は………ぐっ」
目の前が歪んで真っ暗になった。胃が引っくり返ったような感覚。
わたしはそのまま胃の中のものを吐き出して、気を失ってしまった。
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ナマエを一人にした自分が悪い。守りきれなかった自分が悪い。
…そうは言っても、全ては後の祭り。
眠るナマエを見つめるリヴァイに、「馬車に酔ったのかもしれないな」などと言ったが、リヴァイはなにも答えなかった。
「リヴァイ、職務に戻るぞ」
「わかっている」
「私がいなかった間に、何もなかったか」
普段は聞かないような事を、リヴァイの気をナマエからそらす為にわざわざ聞いてみたりする。
「こっちは何もない。が、ナマエに、なんかあったか」
「…どういう事だ」
「いや…なんでもない。目を覚ましたら直接ナマエに聞こう」
リヴァイは私を試しているのかもしれないとさえ思えた。
目を覚ましたナマエにリヴァイが「何かあったか」と聞いても、きっとナマエは答えない。が、心の傷をえぐる事になるのは容易に想像がつく。
…やめてくれ。
「…リヴァイ、話がある」
「なんだ」
「私の部屋へ行こう」
「ここじゃ話せねぇのか」
「そうだ」
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目を覚ますと、見慣れた天井だった。
そこは医務室ではあったけれど、調査兵団の兵舎だ。
長く王都にいたわたしにとっては、それこそ安寧の場所。
体を起こしてみる。大丈夫。
立ち上がってみる。大丈夫。
「よし」と小さく呟いて、部屋を出ようとすると、扉が向こうから開けられて驚いた。
「ペトラ」
「ナマエ、良かった!心配したのよ、もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
わたしは微笑んで見せた。
ここにペトラが来ると言う事は、きっとリヴァイがペトラに頼んだのだろう。
ペトラはわたしにもう少し休むよう言った。わたしはベッドに腰掛ける。
「忙しいのにごめんね」
「気にしないで、お互い様よ。何か温かいものでも飲む?」
「じゃあ、温かいお茶を…」
「わかったわ、待ってて」
その笑顔に癒される。その背中を見送って、わたしは窓から見える訓練場を見た。誰もいない。
今は休憩時間なのだろうか。わたしはどれくらい眠っていたのだろうか。今何時なのだろいか。
エルヴィン団長はどこに。
リヴァイはどこに。
「ナマエ、入るわよ」
「あ、うん」
「はい、温かいお茶」
「ありがとう」
胃の中のものを全て嘔吐してしまったらしく、お茶を飲むと、妙にお腹が空いてきた。
「食堂に行って、何か食べようかな」
「食欲があるのね、良かった」
わたしはペトラと食堂へ向かった。