short/温かな光

□幸せのカタチ
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その日、真剣な眼差しのエルヴィンから聞いた話に俺は耳を疑った。
寒い廊下での会話だったが、体が怒りと不安で熱くなったのを感じた。


「どこでナマエの噂を嗅ぎ付けたか知らんが…」

「……どこのどいつだ。今すぐ削いでやる」

「相手は憲兵団のエリートだ。困ったな」


ナマエが憲兵団の奴に目をつけられて、縁談話が出たというのだ。
しかも、早急に話をまとめよと言う事だ。


「エルヴィン」

「なんだ」

「縁談の席に俺が出て、ナマエを泣かせる事があったらてめぇのうなじを削ぎ落とすぞと刃を突き立てる。恐らくナマエは嫁なんかに行きたくない想いで泣くだろう。そこを『さっそく泣かせやがったな』とバッサリだ」

「…リヴァイ、君は今何を言っているかわかっているか?」


エルヴィンは眉間に手を当ててため息をついた。奴いわく、俺はナマエの為となるとどうも冷静でいられなくなるらしい。


「ナマエには、もう言ったのか」

「まだ伝えていない…」

「ちっ…なんでナマエなんだ」


憲兵団の女兵士にイイ女がいない事くらいはわかっている。だからと言って、まさかナマエに目をつけるとは。


「お前はどうするつもりだ、エルヴィン」

「ナマエの気持ちを最優先したい。もちろん、君から離れたくないと言うだろう。だが…憲兵団からの誘いを、ナマエは無下に断らないという可能性もある」

「黙って嫁に行くってのか」

「可能性の話だ」


可能性もクソもあるか。ナマエは俺のもんだ。ふざけるな。


「あ、エルヴィン団長にリヴァイ!こんなところで作戦会議ですか?眉間にシワよってますよ〜!」


書類をどっさり抱えたナマエが現れ、俺達は一瞬ビクッとした。
巨人には怯える事はないってのに、このザマだ。


「…どうしたんですか、お二人とも、なんだか顔色も悪いような」

「ナマエ、話がある」

「おい、エルヴィン!」

「憲兵団の兵士から、君に縁談話がある」

「……え?」


突然の言葉に、ナマエも驚きを隠しきれないようだ。ただでさえ大きな目をくりんと見開いて固まっている。…無理もないだろう。


「どうするかね?」

「やめろエルヴィン!ナマエは俺のだ。勝手に話を進めるな」

「私はナマエに聞いている」

「…ちっ」


ナマエはしばらく考え込んでいた。
なぜ考える必要がある。ひとこと嫌だと言えばいいんだろうが。


「それってつまり…お見合い、ですよね?」

「ああ。私が保護者代わりに同行しよう」

「そのお話、お受けします」

「おいナマエ!」

「調査兵団と憲兵団の仲を取り持つ役目を果たせるなら、素晴らしい機会です」


ナマエは何を言っているんだ。
俺の前で、他の奴と見合いをする話をしているなんてどういう事だ。


「ナマエ…私とて、勧めたくはない」

「わかっています」


ナマエはペコリと頭を下げて、その場を後にした。
その後ろ姿は、なんだか誇らしげに見えた。


「エルヴィン、てめぇ…」

「ナマエの決断だ。君がとやかく言う問題ではない」

「何勝手な事言ってやがる……くそっ」



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部屋へ戻ると、ナマエが掃除をしていた。雑巾で床を拭いている。


「リヴァイ、おかえりなさい」

「ナマエ、」

「もうちょっとで床掃除終わるから、そしたらティータイムにしようね」

「ナマエ、俺の話を聞け」

「聞きたくない」

「…んだと」


ナマエはふい、と後ろを向いて、掃除の続きを始めた。どういう事だ。何考えてやがる。
まさか本当に、憲兵団の嫁に…


「はい、終わり!」


雑巾を洗って、手を洗って、紅茶を淹れる。
ソファーに腰掛けている俺の隣に、ナマエも腰掛ける。


「ねぇリヴァイ」

「………」

「私は憲兵団の人のところに、お嫁になんか行かないから」

「………」

「安心して待ってて。エルヴィン団長も一緒だし。ね」


その体を引き寄せて、抱き締める。
震えているような気がした。いや、震えているのは俺か。


「わたし、見事にダメダメな女を演じてくるから」

「てめぇがそんな器用な事、出来るのか」

「頑張る」


そう言って、ナマエは口づけをくれた。



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数日後、見事にナマエは憲兵団の野郎を振って帰ってきた。
「ただいま」と言う言葉が聞こえるか聞こえないかのうちに、俺は馬車から降りたナマエに駆け寄り抱き締めていた。
エルヴィンが、ふ、と笑ってその場を去った。


「大丈夫だったのか」

「うん。だけど向こうの人、『諦めません』だって」

「ちっ、クソが…」

「だけど、わたしがモテるのは当然だよね。だってリヴァイがこんなに大好きなわたしなんだもん」


と、ナマエは胸の中で微笑んだ。
惚れた弱味…とはこういう事を言うんだな。何も言い返せなかった。


「リヴァイ、ありがとう。わたしを愛してくれて」


ナマエの柔らかな髪を撫でて、幸せを噛み締める。
礼を言いたいのは俺の方だ…情けない事に、俺はナマエのおかげで、名前もわからない満ち足りた感情に支配されている。


「ナマエ…」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


他の誰かにとられる前に、ナマエを…だなんて、調査兵団の自分がナマエの未来を約束出来るはずもない。

なのに、


「わたしは、好きな人のところにしか、お嫁に行かないの」


ナマエは柔らかく笑った。
どうしてお前は、こういつも俺を幸せにするんだろうか。

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