short/温かな光
□ただ君の傍で
1ページ/1ページ
ナマエが手を振り、名前を呼んでいる。その名前が自分の名前である事に、一瞬気付かなかった。
「ジャン!」
にこにこと微笑む彼女が自分を呼びながら駆けてくる。
それだけで胸がいっぱいになった。
「ど、どうしたんだよ、ナマエ」
まだ訓練兵だった時…コニーと訓練していた時だ、初めてナマエを見たのは。
そしてそれから何度も、彼女は俺たちの訓練を見に来ていた。
彼女は隠れていたつもりなのかもしれないが、俺にはバレバレだった。そんな姿が彼女をより一層魅力あるものにしていた。
つまりは、可愛かったのだ。
そんな彼女を、誰かが「リヴァイ兵士長の恋人だ」と教えてくれた。
それからナマエが104期の訓練兵に溶け込むまで時間はかからなかったが、兵長の恋人だろうがなんであろうが、俺は気にしてないつもりだった。
つもりだったのに。
「ジャンを探してたの!調査兵団を志願したって聞いて…!」
「あ、あぁ。晴れて調査兵団の仲間入りだ」
「だって前に、憲兵団を目指してるって」
彼女は俺が憲兵団になる事を望んでいたんだろうか。
調査兵団にいる彼女なら、少しでも人類が生きる時間を稼ぐ為に、餌になる調査兵が必要だと知っているだろうに。
「エレンに気圧された?」
クスリと彼女が笑った。
「何言ってんだよ、誰があんな、死に急ぎ野郎に…」
「ジャンならいい憲兵団になれると思ったのにな。でも、これからもよろしくね」
ナマエはにっこりと微笑んだ。「わたしは外へ出られないけれど」と言いながら。
この高ぶる気持ちは…やっぱり俺は、ナマエが好きなんだろうか。
だけど兵長の恋人に手を出すわけにはいかないし、大体、兵長の恋人でなくともこんな純粋な彼女に、一体誰なら手を伸ばせると言うのか。
「ナマエは、望んで調査兵団に入って…どうなんだよ、壁の外にも出られないなんて」
「ん…まぁ、仕方ないから研究とか報告書とか雑務でなんとか気持ちを切り替えてるよ。…そうするしかないしね」
本当は彼女も跳びたいのだろう。憎い巨人を自らの手で削ぎ落としたいはずだ。
「ジャン達みたいに、わたしも訓練受けられたらいいのになーって思ってる」
立体起動装置を身に付けた事すらないと聞いた。
噂では、ナマエは団長の妹で、兵長の恋人にさせられてると聞いた。
前者は口にする事が禁忌らしく、後者はナマエの仕草や言葉で嘘だとわかった。
まぁその前者のために、壁外に出ず大切にされているとか。
「でも諦めてないんだ。絶対わたしも巨人を討伐するから。その時はジャンの班がいいなぁ」
何言ってるんだナマエ。お前は兵長のところにいなきゃダメだろ。
「ナマエ」
「なぁに?」
優しいって言うのは、こういう事を言うんだろう。
思わず彼女の腕をつかみ、引き寄せると、その唇はあっけなく俺のものと重なった。
柔らかな温もり。
軽く触れただけのキスに、ナマエは顔を真っ赤にした。
そして俺もハッとする。兵長の恋人に手を出してしまった事を理解する。
やばい。非常にやばい。
「あ、あの…わたしの生まれ育ったとこじゃ、そういう習慣がなくて…」
ナマエがもごもご口を開く。
「わたし、そういうのが挨拶だって思えなくて…ごめん、ジャン、なんだか恥ずかしくて」
「?」
どうやら彼女は、俺の故郷がキスを習慣にしていると思っているようだ。
幸か不幸か、俺の気持ちには気付いていない。
このままナマエにとって良き友であり続けよう。
そして、ナマエの傍にいるんだ。
一秒でも長く、一目でも多く。