中編小説

□天才君と秀才君
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「次の大会、センターフォアードは瀬口を抜擢する」

 サッカー部監督の一言に、その場に居た部員たちは不満交じりの低い声をあげた。
名指しされた瀬口裕也は今この場所にはいない。
彼はほとんど部活動へ来ないからだ。

「あいつなんて大嫌いだ・・・・。」

 苦々しく顔を歪めて支倉尚人は心の中で呟いた。
でもそれはほんの一瞬のことで
誰も彼の表情の変化には気が付かない。
尚人はすぐに何ともない顔をして、静かに話を聞いていた。

周りの者は納得いかないという顔で、
時々目配せをしつつも監督の話を黙って聞いた。
反論したところで所詮意味がないということは、
皆が知っているからだ。

 現にその場に居ない瀬口については、
たとえ部活動に参加しない不真面目な態度をとっていようとも、
誰もがその実力を認めざるを得なかった。

監督が認めるほどのセンスと技術を持ち合わせた彼に、
誰も勝つことができない。

 しかし毎日部活に参加し、技術向上を目指す
選手にとっては文句も言いたくなるものだ。

部活終了後、更衣室では誰からともなく愚痴交じりの言葉が飛び交った。




「納得いかないなぁ〜、
ろくに練習も来ないやつがエースだなんてさぁ」

「何か腹立ちますよねぇ・・・
この前なんて俺らが遠征行っている間に
他校の女子と遊んでたんだから」


 後輩までもが、瀬口に対して陰口をたたく。
皆不満が溜まっているのだ。

「まぁ、しょうがないよ。
瀬口は確かに上手いんだからさ。監督もチームが勝つために決めてるんだ。
 とにかく次の大会で勝つためにも、
多少不満でもチームワークは大切にしないと。」


 やんわりと、それでも芯のある声で、尚人は言った。

それまで不満を垂れていた人間もその言葉に耳を向ける。

「そうですよね・・・・」

 愚痴を言い過ぎたと反省したのか、後輩が素直に言う。

「さすが部長・・・器が広いなぁ」

 尚人と同クラスのキーパー、葉月が茶化すように肩を小突いた。

 とりあえず今までの淀んだ険悪な空気は収拾され、
部員たちは着替えを済ませ帰っていく。

皆が出て行った誰もいない部室で、
尚人は明日のメニュー表を書き込みながら音を立てて舌打ちをした。



 きっと誰よりも瀬口の抜擢に不満を抱いているのは彼だろう。
部長という立場、冷静で皆を引っ張っていく者として
決して感情的な面をあらわさないよう心掛けているが、
尚人の心の中ではどす黒い怒りが燻っていた。

(何であいつが・・・・あいつなんか大嫌いだ・・・・)

 今まで何度も何度も頭の中で反芻してきた言葉が
今もぐるぐると頭に浮かんで離れない。

尚人は瀬口裕也のことが気に入らなかった。



 尚人はサッカー部のキャプテンを務め、成績も優秀、
誰もが認める優等生であった。

しかし彼がどうしても勝つことのできない相手、
それが瀬口だった。

 瀬口裕也は態度こそ不真面目なものの、優秀な人間であった。

授業はほとんどサボるくせに試験はいつもトップ。
部活動も参加する日の方が少なく、
練習なんて全くしていないにもかかわらず、
例のようにエースに抜擢されるほどの才能の持ち主である。

 要するに尚人は瀬口がいる限り永遠の二番手なのである。


 尚人は部活に関しても勉強に関しても、並大抵ではない努力をしてきた。
人一倍練習や自習を行い、常に努力を怠ることなく向上を目指した。

 しかしその努力をもってしても、瀬口は易々と一番を掻っ攫っていってしまう。

自覚するほどプライドの高い尚人にとってそれは耐えがたい屈辱であった。

 尚人は根が真面目な人間のため、
不真面目な態度や下品な人間に
嫌悪感を持ち軽蔑してきた。
しかしそんな人間に自分の能力が劣っている
という事実が、彼の平穏を掻き乱す。

 態度に出すことはなくとも、尚人は瀬口を意識していた。
自分の努力が認められないことは彼にとって耐えがたい苦痛であり、
その苦痛のもとである瀬口は尚人にとって
排除したいものであった。


 もしかしたら尚人は瀬口に対しコンプレックスを
抱いているのかもしれない。
瀬口に対し劣等感のようなものを抱いてしまう
自分自身にイライラしながら、
尚人は部室をあとにした。
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