短編小説

□火遊び
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 ネット上で知り合った人間と実際に会うのは危険だ。

 そんなことわかっていた。それでも僕は今、面識もない人間との待ち合わせで、初めて来た土地の
駅前に佇んでいる。
こんなことになったきっかけは、某SNSサイトに登録したことだった。



 教育熱心な両親の影響で、進学校に通う僕は毎日勉強に追われていた。
進路、学歴、成績・・・
そんな言葉で溢れる日常に疲れていた時に、ふとしたきっかけでSNSサイトの存在を知った。

 何となく登録して、勉強の合間にサイトを眺めたりしていた。
周りからの抑圧の反動からか、僕はネットの匿名性をいいことに、普段は言葉にすらできない胸の内をネット上で語った。




 誰にも言えないことだが、物心ついた頃から僕は同性に恋愛感情を抱いていた。
もちろん異性に興味がないわけではないが、性的欲求の対象は男性だった。
体育の先生や運動部の先輩に憧れ以上の感情を抱いてしまい、周りと違うその趣向に何度も悩んだ。
逞しい腕や、がっちりとした肩幅に欲情してしまうのだ。

 しかし同性愛なんて周りの理解を得られるはずない。
僕はこの感情を今までずっとひた隠しにしてきたのだ。

 しかしネット上では色んな性癖持ち、それ故に悩みを抱える人たちがたくさんいて、皆匿名でそのことをカミングアウトしていた。
僕はそんな人たちと同様に、自身の秘めていた心の内をネット上に晒していた。

 男の人が好きなこと。有名な俳優のグラビアをおかずにオナニーをしていること。
男同士のセックスに興味を持っていること・・・・

恥ずかしいことだと分かっているのに画面の向こうの人間が自分のことを全く知らない赤の他人だと思えば恐怖心は薄らいだ。
こうして僕は、ネット上で 人前では絶対に言えないことを、赤裸々に語った。





「もし興味があるんだったら、ちょっとしたビデオに出てみない?」

ネットで仲良くなった男性にそう誘われた時、もちろん最初は断ろうと思った。
いくらなんでも危険すぎる。
でも周りから優等生を強制される現実が苦痛に感じていた僕にとってそれは甘い誘惑だった。

「大丈夫。一般じゃ出回らないものだし身元がばれることもない。いいお小遣い稼ぎになるよ?」

 答えを出し渋る僕に、相手はさらに甘い言葉をささやいてくる。

「嫌だと言えばすぐに止めるし、見学だけでもしてみたら。」

 そう言われて、ついに僕はそれを受け入れてしまった。
不安と期待が心の中で交差する。

後悔をしなかったわけではない。それでも断ることもばっくれる勇気も出ないまま、相手と会う予定日を迎えてしまった。





「こんにちは。梶原君であってるかな?初めまして。向井って言います。」

 事前に知らせておいた服装で待っていたため、相手はすぐに僕を見つけ出してくれた。
上の空だった僕を、一気に現実に引き戻す。

「はっはい、初めまして。梶原奏人といいます。」

 焦って少し声が裏返ってしまった。
勢いで自己紹介をしてしまったが、その時僕の頭には偽名を使うとかそう言う考えは全く浮かばなかった。
言い終わって少し後悔する。

「梶原君だね。今日はよろしくね。」

 そう笑顔を見せる向井さんは、見るからに爽やかな好青年だ。
ラフなシャツから伸びる、健康的に日に焼けた腕はがっちりしていて逞しい。

「それじゃ、行こうか。この近くのホテルで柏崎さんも待っているから。」

 向井さんにそう言われて、僕の胸がドキリと高鳴った。
柏崎さんとは、サイトで知り合った男性で、AV関係の仕事をしている人だ。
そしてマニア向けのビデオに出て見ないかと僕に声を掛けた張本人である。

 僕は今、興味本位でいかがわしい世界に足を踏み入れようとしているのだ。
そんなふうには見えないが、向井さんもまた関係者なのであろう。
これから何をするのか、期待と不安を胸に募らせながら、僕は向井さんについて行った。
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