Anime

□イカ焼き
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「順平!待ってよ!」
「お前が歩くの遅いんだろ」
「待っててくれたっていいじゃん!」


楽しそうなお囃子の音と人々の賑やかな声、そして大勢の人混みに消えてしまいそうな彼氏の背中にそう呼び掛けたて返ってきたのは意地悪な笑い。人に押し流されないように隙間を縫いながら日向の元に辿り着くとふぅとひとつ溜息を吐かれ、眉を顰めた。


「…なによぅ」
「いやー素直じゃないなぁ、と」
「なにがよ!」


何もないよ、と呆れたように笑う順平は組んでいた腕をといて片手をこちらへと差し出した。これの意味がわらかないバカではない。
ちらりと目線だけを上げると、目を細めて笑う順平の姿。その様子が自分の心を見透かされているようで癪だったから、つんとそっぽを向いてやった。


「あーあ、素直じゃないなホント」
「…別にぃ」
「だけどせっかくの祭りなんだから」


順平のそう言った言葉と共に手を掴まれてくいっと引かれた。わっ、と驚く暇もなく順平の胸へと倒れ込んだ私の顔は真っ赤に染め上がっていることだろう。


「人多いから離れるなよ」


頭に置かれた優しい温もりが鮮明に残る中、私は大きな手に引かれたながら人の隙間を縫って歩いた。



順平から電話があってこのお祭りに誘われたのは今から3時間ほど前のことだった。ベッドの上で携帯電話と睨めっこをしながら順平を誘おうか迷っていた私にはかなり嬉しいお誘いだった。電話を切ってすぐにクローゼットから夏服を引っ張り出してきて1人ファッションショーをしたのは言うまでもない。

そんなことを思い出しながら、すれ違う女の子たちをちらりと見れば、みんな浴衣を着ていてその女の子たちのキラキラとは私は全くの別物で少し溜息が零れた。…やっぱり浴衣着てくるんだった。
さっきから順平の言う通り素直じゃない私は手を繋ぎたいのも言えず終いだった。せめて格好だけは、と思ったんだけどな…。

私が浴衣を着なかった理由は去年にあった。去年もこうして2人でお祭りに来ていたが、浴衣とそして下駄という普段着慣れない服のせいで足が痛くなってしまい順平におぶられて帰る、という始末となったのだ。

…これ以上迷惑掛けたくないしな。

また溜息が口から漏れそうになったとき、突然順平が止まったためその背中にぶつかってしまい、溜息は順平の背中へと消えていった。


「った…、急に止まらないでよ」
「ん?あぁ悪い。なあ、なんか食う?俺腹減ったわ」


鼻を抑えながら見上げると、お祭りの暖かな灯りをバックに順平の笑顔があって、胸の上の喉の下が締め付けられた。


「…クレープ」


あの時もそうだったが順平はいつも笑っていてくれる。私をおぶっているときも、さっきだって、今だって。素っ気なくなるのはドキドキしてるから。そんな面倒な彼女、イヤじゃないのかな。




「なまえ、他になんか食いたいもんあるか?」


私が払うって言ったのにそれも聞かずに順平が買ってくれたクレープをちょびちょびと食べていると、前を歩く順平が振り返ってそう聞いた。ふるふると首を振るとじゃあ俺イカ焼き食べよー、っと漏らしながら私の手を引いた。

ふわふわの生クリームをぺろりと舐めながら順平を見上げると、当たり前だけど背中しか見えなくて少し淋しくなって視線を逸らした。




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