Voice

□可愛い彼女
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「寒…っ」


ソファに深く腰を掛けて雑誌をパラパラとめくっていると、ふと肌寒さを感じて背凭れに掛かっている膝掛けを引き寄せて肩からふわりと被った。その手でローテーブルに置いてあったマグカップに手を伸ばせばすっかり冷めきっていてそろりと手を引っ込めた。


「佳正さぁん…」


引っ込めた手を自分の首筋にやって体温で暖めていると後ろからずしりと重さが加わり、間延びした声が降ってきた。


「んー?」


後ろから首に絡み付いた腕はふわふわの部屋着に包まれており頬を寄せると気持ちがいい。


「お出掛けしようよー」
「雨だけど?」


知ってるー、とこれまた間延びした返事を返す恋人の麻衣がぐりぐりと頭を俺の首の後ろに押し付けてくる。

ちらりと窓の外に視線をやれば土砂降りではないものの雨が降っており、お出掛け日和とは程遠い。


「行こうよー!雑誌読んでないでさー!」


ぐいぐいと引っ張る力を強くする麻衣は小さい子供みたいに駄々をこねていた。それも可愛いんだけど。


「行こうよって言っても麻衣、部屋着じゃん」
「着替えたら行く?!」


顔を見なくてもそう言った麻衣のぱあっと明るくなる表情が目に浮かび、それに苦笑する間もなくパッと離れた温もりはドタバタと遠ざかって行った。…行くとは言ってないのに。


「ねー!どの服が可愛いー??」


開けっ放しにされた居間のドアの向こうからそう叫ぶ声が聞こえた。今頃寝室にあるクローゼットからたくさんの服を引っ張り出してきてベッドは服の山だろう。皺になるっていつも言ってるのは麻衣なのに。


「何でもいいよー!」
「えー!ダメ!」
「何着ても可愛いよ麻衣は!」


毎回お決まりの台詞を叫べば、シーンと返事がなくなる麻衣は毎度の事ながら照れている。お決まりの台詞とは言ってるが本心だ。

ドタバタと足音が聞こえたと思ったらどーん、と口から発せられた効果音付きでまたずしりと重さが加わった。今度は衝撃付きだ。


「これにした!」


ソファの後ろからくるりと俺の前に踊り出た麻衣はジャーン、とこれまた口から発せられた効果音付きでポーズを取った。俺は雑誌を手にしたまま肩にかけていた膝掛けの隙間からもそりと麻衣を見た。

ジーンズ素材のダウンベストに灰色のパーカー。下はカーキーの短パンに薄手のタイツに身を包んでいた。


「可愛いよ」


ダウンベスト先週買ってたやつか、と頭で思いながら感想を口に出せばへへ〜と顔を緩める麻衣。


「じゃあ佳正さんも着替えて!」
「え〜…寒いよ、俺」
「着替えたら行くって言った!」
「行くとは言ってないよ」


麻衣の反応が可愛くて笑いそうになるのを必死で堪えて雑誌をぺらりとめくった。俺のその態度を不満に思ったのかぐいぐいと俺の二の腕を持ってソファから立たせようとする麻衣。


「行こうよー!」
「え〜…」
「デートだよ!デート!」


力の差があると判断したのか麻衣は腕を引っ張るのをやめて、ぼふっと俺にダイブをしてくる。そしてぐりぐりと肩らへんに頭を押し付けてくる。ふわりと鼻を掠める麻衣の香りドキリとした。


「相合傘も出来るよ?こーんな可愛い格好した彼女と!」


さあ!と言わんばかりに両手を広げた麻衣は大きな瞳を俺に向けた。ぱちくりとしてしまったが、途端にぶはっと笑いが込み上げてきた。肩を揺らしながら笑うが、その訳がわからない麻衣は不機嫌そうに頬を膨らましている。

とことん可愛い彼女に降参だ。

もういい!と本格的に拗ねてソファから降りようとする麻衣の身体を抱き締めてそのままソファから立ち上がった。その拍子にバサっと落ちた雑誌なんて目にもくれない。


「な、なに」


突然のことで混乱する麻衣を少し離して頭を撫でてやる。意地悪してごめん、って意味だ。


「まあ格好もそうだけど、可愛い彼女と相合傘したくなった」


相合傘無しでも可愛い彼女と出掛けたいけど、と付け足せば、途端に真っ赤になる麻衣。ホントに可愛い。


「か、からかわないで!」


余程照れたのか、そう叫んだ麻衣はまたドタバタと居間を飛び出した。そして早く!と叫ぶ声が聞こえる。玄関で靴でも履いているのか。そんな可愛らしい麻衣に頬を緩める。


「麻衣、俺まだ着替えてないんだけど。」





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