Voice

□策士と子供
1ページ/2ページ





「ねえ、ホントに見るの?」
「麻衣は見ないの?」


遠く離れたところでクッションを抱きながら縮こまっている恋人に手招きをすれば、もそもそと身体を少し起こした。


「ほら、怖いんでしょ?こっちおいでって」
「そっち行っても怖いだけだよ」
「一人だともっと怖いだろ」


じゃあ見たくない、と呟く麻衣は俺の手元にあるDVDを恨めしそうに睨んだ。そのDVDの表紙には髪の長い女の人の画像…とまで言えば分かるだろう。ホラー映画だ。

ぶんぶんと首を振る麻衣を可愛く思いながらもう一度手招きをした。それと同時にDVDのロードが終わったのか重い音楽と共に画面が切り替わった。俺は背中を向けていてわからなかったが、麻衣が奇声をあげたのだから髪の長い女の人でも映っていたのだろう。それに観念したのかものすごい勢いで俺のほうに走ってきてソファを背にして座る俺の隣にぴったりと寄り添ってきた。

その行動に目眩がするほどの可愛さを覚えた。ぴったりと寄り添う腰に手を回して、ずっと見たかったシリーズのホラー映画に集中することにした。





だが、集中は虚しくも長くは続かなかった。良いところに入る、ということは怖さもMAXということで隣の麻衣は叫び声をあげていた。その声にちょっとビックリする。


「…あのさ、麻衣…」
「ね、え…怖いよ、怖い…」


もうちょっと静かに、と言おうと目をやっても今にも泣きそうな目の震える麻衣を見ると可愛さのほうが勝ってしまうわけで。集中なんて出来はしない。俺より麻衣のほうが真剣に見てるんじゃないかってほどだ。


「っ、佳正さ、ん…」


今までの怖さが限界を越したのか、うええと泣き始める。クッションに顔を埋める麻衣の肩に手を乗せて抱き寄せた。ポンポンと数回叩くと同時に、バッと顔をあげたかと思うとするりと俺の胸へと顔を埋めてきた。


「…怖い 帰れない」


今日は泊まる予定ではない麻衣が泣きながら震えていた。その身体を抱きしめて自分の足の上に降ろした。縮こまる恋人は俺にしっかりとしがみ付いている。


「泊まってく?」


俺が聞いたと同時にテレビからの女子高生の叫び声が響いた。それにビクッと身体を震わせる麻衣はもっと俺に抱き付いてきた。ポンポンと背中を叩きながらテレビへと視線を戻した。ドアの隙間から誰か覗いているところだ。すると何故か振り返った麻衣がテレビの中の女の人と目が合ってしまったらしい。ぴ、と奇声をあげた麻衣はまた俺へとしがみ付いてきた。


「何で今振り返ったの」
「…音止まったから終わったと思ったの」


今の行動に笑いを堪えながら頭を撫でてやると、ズッと鼻をすする音が聞こえた。


「…ねえ、ギュッてして」
「ん?」
「ギュッてしてよ」


首に手を回してくる麻衣が小さく震える声でそう言った。クッソ…可愛い。俺が可愛さに耐えていると、ねえ、と急かすように身体を揺すってくる。はいはい、と飽きれたように言いながらも喜んで震える背中に手を回した。


「ねえ、もっと」
「ん?まだ?」
「まだ背中怖い」


後方に幽霊がいたとしても俺がそちらを向いて座っているのに何が怖いのかと笑えば早く、と拗ねたような声を出す。子供みたいだと言うとポカと小さな衝撃が腹らへんに食らった。


「…このまま寝てよ」
「うん?」
「くっついて寝てね」
「はいはい」


服を握り締めてくる麻衣がボソボソと言う。可愛い以外のことが思いつかない。


「トイレも前にいてよ…耳は塞いでて」
「はいはい」
「お風呂も一緒にだよ」
「はいはい」
「絶対離れちゃだめだよ」
「離れないって」


子供をあやすように背中を撫でて、頭をポンポンと叩きながらゆっくりと身体を揺すった。赤ちゃんを抱くお母さんみたいな感覚。あーもう、ホントに可愛い。

にやける顔を抑えながらまだ続いていたホラー映画をそのままプツリと切って、麻衣を抱いたまま立ち上がった。2人分の携帯と麻衣のお気に入りのぬいぐるみを持って寝室へと向かい、自分より先に寝ちゃだめとか言うんだろうなあと考えながら小さな子供のように俺にしがみ付く背中を数回撫でた。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ