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□雨も滴る
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「…買い過ぎたかな」


両手から下がるビニール製の袋を眺めてボソリと落とす。朝起きて冷蔵庫を開けると、まあビックリするほど何もなくせっかくの休みだし料理でもしてみようかと思い立ったら早く、近くのスーパーへと買い出しに来たところだった。そして都合が良くタイムセールだったのか余計なものまで買い込んでしまった。

雨ってことすっかり忘れてた…

店先に立って空を見上げると、家を出たときから降り続く雨。これは傘差すの大変だな、と苦笑しながらビニール傘をポンと開く。なんとかバランスの良い位置を見つけ、よし、と気合を入れて自宅を目指した。



道行くすれ違う人はみなカラフルな傘を手にしており、俺も色付きの買おうかなとふと思い、手元の傘を見た。サラリーマンらしき人でも派手まではいかないものの、お洒落な傘を手にしている。…へぇ、と少し楽しくなってすれ違う人の傘ばかりを見ていた。

すると少し前のほうで長い髪の女性が俺と同じく透明な傘を……って、差してない?

ビニール傘は透明だ。女性の頭の上が透明だったからてっきりビニール傘だと思っていたが、その女性の頭の上には鉛色の空があるばかりだった。それに、俯いた感じじゃなくて堂々としてたから…。

ていうか、なんで傘差してないんだろう。こういうときって貸したほうがいいのかな。

うーん、と悩んでいるとその女性との距離はだんだんと縮まってゆく。


「って、麻衣?!」


顔がようやく確認出来る距離になったとき、俺はその女性の顔を見て声をあげてしまった。


「あ、佳正だ。おはよ」


俺の声に反応して、雨で濡れきった髪をバサリと押し上げて片手をあげて挨拶したのは俺の恋人だった。


「おはようじゃない!なにしてるの?!傘は?!」


とにかく入りなよ、と傘を麻衣の上へと持っていく。これだけ濡れてるんだし今更いいよ、と傘を戻そうとする麻衣に意地でも戻そうとしない。


「昨日大学の友達の愚痴に付き合ってたらそのまま寝ちゃって、その帰りなの」


雨振って来て驚いたー、と着ていたTシャツの裾を絞りだす。その隙間からちらりと見えたしろい肌にドキッとした。


「まあ傘持ってないし、家まで距離あるし、どうでもいいかなって」
「それで堂々と歩いてた訳ね」
「え、見てたの?」
「うん、映画のワンシーンみたかった」


なにそれ、と今まで無表情だった顔を崩した。


「てか、俺の家近いじゃん。なんで寄らなかったの」
「iPhone防水じゃないし、壊れたらイヤだし。てか寄っても今居なかったよね」
「ん、まあ、そうだけど」


それもそうか、と漏らせばうん、と頷かれる。


「まあとりあえず家あがってよ。そのままじゃ風邪引くよ。喉壊したらダメだからね」


声優は声が命。枯れたりしてしまっては仕事ができない。その点には麻衣も大人しく頷いた。そしてまた前髪をかきあげて手についた水を払い除けた。


「雨も滴るいい女って今の麻衣のことだね」
「…なに言ってるの?」


眉を寄せて言う麻衣だけど、ほんのりと顔が赤くなって照れているのが伺える。サバサバしているのに妙に照れ屋で可愛らしい彼女から目が離せない。





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