Voice

□珈琲テイスト
1ページ/2ページ





「ぶどうジュースとりんごジュース、どっちか…」


とあるスタジオの一角に設置してある自動販売機のボタンギリギリのところで両手の人差し指を構える。アニメの収録を終えて、あと1時間後ほどにもう1本収録を控えている。


「決められないからどっちも!」


廊下に誰もいないのをいいことにていやー!と2つのボタンを両押しする。


「…なにしてるの?」
「うああっ!!」


ところが、押す寸前でいきなり声が聞こえて驚いたあまりちがうボタンを押してしまった。


「え、ごめん。そんなに驚いた?」


ごめんね、と焦る声が聞こえて振り返ると同業者の佳正さんが眉を下げて立っていた。…一応恋人でもある。


「珈琲買いにきただけなんだけど、麻衣があまりにも面白いから」


どこから見てたんですか、と赤面しながら何故か出てきたお茶の缶を開けた。まあこれから収録だから、よしとする。


「んー、お金入れるところ?」
「すごい最初から!!」


恥ずかしい!と叫んでいると、可愛かったよと珈琲のボタンを押しながら笑う。熱くなる頬を隠すようにお茶をちろりと舐めた。


「麻衣はこれから収録?」
「うん、新しいの」
「あぁアレね。すごい楽しみなんだよ、俺」
「佳正さんは?」
「ナレーションの」
「全部録画してます」
「恥ずかしいけど、ありがとう」


珈琲を口に運びながら照れ臭そうにはにかむ。女のわたしより乙女だ。髪ふわふわだし、色々ふわふわだし、笑顔なんてきゅんきゅんだし。じーっと佳正さんを見上げていれば視線を感じたのか、こちらにくっきり二重まぶたの瞳を向けた。そして麻衣と呼ばれ、ちょいちょいと手招きをして私に顔を近付けてくる。


「…?なに……」


何か、と1歩近付くか近付かないうちに、チュと可愛らしいリップ音。

何が起こったかわからず、ぼけっとしているといつものふわふわからは想像つかないような不敵な笑みを浮かべた佳正さんの顔がすぐ近くにあった。

キスされたと気が付いて次第に顔が熱を帯びてくる中で、ふわっと掠める珈琲の香りとその笑みに頭痛がするほどの男の人を感じた。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ