Voice

□そういうんじゃない
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「坂下!何回言ったらわかる!他の声優さんに合わせろって言ってるだろ!」
「すいません!」
「1人だけではしるな!」


怒声が響き渡るのは普段は静かなブース内。ブース外にいるスタッフさんも苦笑いだ。中の声優陣もまたか、みたいな表情を浮かべていた。声を荒げているのは新人にも容赦なしで怒りっぽいと有名な原田監督。そして泣きはしないものの唇を噛み締めて「もう一度お願いします」と言うのは事務所の後輩にも当たる新人声優の坂下さん。

俺もたまにどやされるからな…

それがつい最近のことであって、少し苦笑いを浮かべた。


「すいません。もう一度お願いします」


監督にしっかりと怒鳴られたあと、俺ら他の声優に向けて深々と頭を下げて強い声でそう言った。共演者の声優さんは大丈夫、と言いながら坂下さんの肩を叩いていた。坂下さんはまた、すいませんと呟いて頭を下げた。

坂下さんに対して怒っている人は一人もいない。迷惑とも思っていない。誰もが怒られてきたんだよ、うん。でも、迷惑かけてると思って焦れば焦るほど、それは演技に出てくる。






その結果、収録は予定していたよりも大幅に遅れて終了した。


「すいません。今日はありがとうございました。」


お疲れ様、とみんなが声をかけながらブースを出て行く中、坂下さんは一人深々の頭を下げて、みんなを見送っていた。そして監督をはじめ、スタッフの方々にも深々とお辞儀。

俺はその様子をブースの外から眺めていた。気になって仕方がなかった。それは、アレだ。事務所の後輩だからだ、うん。


「あれ、杉田くん帰らないの?」
「あ…いや、俺は…」


別にやましいことはないが、突然親しくしてもらってるスタッフさんの山下くんに声をかけられ慌てて振り返ると、ニヤと悪く笑う顔がそこにあった。


「坂下さん待ってるの?」


そうかそうか、と笑いながら俺の肩へと腕を回してくる山下くん。…そういや最近彼女と別れたとかで恋愛沙汰には面倒になったとかなんとか…。


「そういうのじゃないよ。
事務所の後輩だからな」


パシと腕を払い除けて、鞄からゲーム機を取り出した。うん、そうだ。後輩だからだよ、うん。そんな俺の行動を見てか、へェと漏らすとポンと肩をひとつ叩いてエレベーターの中へと消えて行った。

…いや違うよ?後輩だからだよ?そんな、ね?違いますから。




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