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□桜染め
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「ごめんな、約束してたのになかなか来れなくて」
「なんで謝るの?こんなに桜が綺麗なのに!」


もうすでにピンクの絨毯へと変わっている道を並んで歩きながら言えば、顔を覗き込まれて頬を膨らます恋人の姿があった。

お花見に行こうと約束をしたのはまだ寒さが残るときだった。ニュースで桜の開花情報を見ながら台本と睨めっこの時間が多く、その約束を果たす時間がなかったのだ。


「そんな顔しないで?ね?」


俺がどんな顔をしていたかわからないが、頬を膨らますお茶目な表情とは打って変わって、少し焦り出す麻衣。それを見てふっと笑えばそれにつられるように麻衣も笑った。


今日は週のど真ん中。俺のオフと麻衣が働く店の定休日が奇跡的に被った。少し時期も遅いため宴会をする人も少なく、公園にはあまり人が見られなかった。それを好都合と言わんばかりに、俺は麻衣の細い指に自分の指を絡めた。えへへ、と笑う恋人に幸せを感じて上を見上げた。春の水色の絵の具にたっぷりと水を零したような空は淡いピンクでいっぱいだった。そして吹く風にそのピンクを降らせていた。


「まさに桜の雨だね」


綺麗だな、と眺めていると隣から聞こえた声に顔を向ければ、おれと同じように上を見上げる麻衣の姿。そのふわりとした髪に桃色の飾りを散りばめながら。またふっと笑いが零れて、その飾りに手を伸ばすと麻衣がくるりとこちらに顔をむけた。
そして優しく微笑んだ。


「佳正さん、桜たくさんついてますよ」


そう言って少し俺に近付いて、髪に手を伸ばしてきた。麻衣もだよ、と笑みを零すがこてんと首を傾げるばかり。俺についていた桜は取れたのか、麻衣は手を下ろすとまたにっこりと笑った。

俺はその笑顔に引き寄せられるかのように、そっと唇を落とした。風が吹いてサァッと音がして一層桜が舞い降りた。ゆっくりと唇を離すと、桜に染められた麻衣がそこにはいた。




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