Voice
□今はまだ
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「おはようございますー」
スタジオへ向かう廊下ですれ違うスタッフの方に朝の挨拶をすればにこやかに返してくれる。朝が早いせいか廊下はやけに静かだった。
ふあと出た欠伸を噛み締めれば後ろからパタパタと小さな足音が聞こえてきた。
「兄さん!」
可愛らしく響く聞き慣れた声に振り向けば笑顔でこちらにかけてくる麻衣ちゃん。その様子に振り返ったまま立ち止まれば、前にやってきてピシッと直った。
「おはようございます!」
敬礼、とでも言うように片手を額に付けてへらりと笑った。つられて笑って挨拶を返せば、どちらともなく一緒に歩きだした。
「今日もよろしくお願いしますねー」
「こちらこそ」
えへへ、と笑う麻衣ちゃんはとてもハタチには見えなかった。お酒飲めるようになりましたー!と嬉しそうにスタジオに入ってきた姿が記憶に新しい。
麻衣ちゃんとは今同じアニメの現場で俺が兄でその妹、という役柄だ。役柄のこともあるが、だーますと仲が良いらしく2人揃って俺を『兄さん』と呼ぶ。
まあ、悪い気はしない。
「おはようございまーす!」
とうっ、と掛け声付きでスタジオのドアを開けば麻衣ちゃん越しに他の共演者の方が見えた。
「坂下ちゃん、細谷くんおはよう」
一番端に座っていた杉田さんから順に「おはよう」と声がかかった。麻衣ちゃんはニコニコと笑いながら女性の共演者の輪の中に入っていった。俺も杉田さんの隣を失礼して腰をおろした。
「坂下ちゃんに朝からやらしいことしなかった?」
携帯ゲーム機のボタンをピコピコと押しながら杉田さんが俺に言った。
「ちょっ!するわけないじゃないですか!」
「えー、そうかー?」
笑いながらも目線はゲーム機から離さなかった。杉田さんは…と心で呟きながら鞄から台本を取り出して自分の台詞の確認に入った。
「ま、犯罪ってことはないからいいんじゃないの?」
あれから数分時間が経ってから、杉田さんが唐突に口を開いた。
「ええっ!?な、なにがですか!」
突然の言葉に俺は見ていた台本から顔を上げて、バッと隣を見た。するとそこにはニヤリと笑う杉田さんがいた。