オリジナル・単発もの
□私の☆マッドサイエンティスト☆ ※
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「先生、そこわかんな〜い」
「ここ?ここはね・・・・」
生物の教科担任の西園寺彼方(さいおんじ かなた)先生。
おっとりした性格で、とっても優しい。
人懐っこい顔は「かっこいい」よりは「かわいい」と言われる。
めがねの奥のキラキラした曇りのない瞳は「純粋」て言葉が似合う。
いつも笑っているからたれ目がち。
でも真剣に実験とかに取り組んでいるときは、とっても切れ長、キリリとした目になる。
口数はそんなに多くないけど、こんな風に誰かが分らないことを質問すると、丁寧に根気よく教えてくれる。
他の先生たちみたいに生徒だからと見下したところがなくて、いつも生徒目線で話してくれる・・・・
先生を見つめながら入学式の日のことを思い出す。
新入生だった私は緊張のあまり体育館に向かっている途中、階段で転んで膝を少しすりむいた。
ちょっとだけ血が出ていたので、膝に絆創膏を張りに教室に戻ったら、みんなから少し遅れてしまった。
時間がないことに焦り、初めての校舎でパニックを起こした私。
「どうしたの?」
泣きそうな顔をして、オロオロ歩き回っていた私に、とっても柔らかくて優しそうな声が届いた。
振り向くとそこに儚げな雰囲気の男の人がいた。
「あの・・・体育館が分らなくて・・・」
私は答えながらうつむいた。
「ちょうど僕もこれから体育館に行くところだから、一緒に行きましょう」
その言葉に反射的に顔を上げると、ニッコリ笑った男の人・・・西園寺先生だと、入学式後の職員紹介でわかったけど、と目が合った。
「新入生でしょ?遅れるといけないから行きましょう」
とっても温かな気持ちになって、不安が全部安心感に変わっていった。
先生は先に歩き始める。
のんびりとした足取りが、私の焦りも溶かしていく。
「ありがとうございます」
私は背中に向かってお礼を言った。
「どうってことないですよ。僕も行くんだから」
振り返った先生はやっぱり優しい笑顔だった。
それはどこまでも深く柔らかで、私をひきつける。
揺すぶられているようで、でも穏やかな心の衝撃。
あぁ私、この人・・・好き・・・だな・・・・
奥手の私。
ちょっと人見知りで、特に相手が男の人だと年齢に関係なく緊張してなかなか話せない。
たぶん男の人?で普通に話せるのは小学生、それも低学年ぐらいまでかもしれない。
またはお年寄り。
そんな私だから好きな人が出来ても、姿を見るだけで満足してしまう。
友達には「ぼんやりしてる」とか「天然」とか「お子ちゃま」とか「ドジ」とか言われ放題だけど、私は私なりに一生懸命なんだけどな。
どうもみんなのテンポについていけないみたいで。
そんな私がこんな風に男の人と何の抵抗もなく会話できたことが驚きだったし、嬉しくもあった。
それはたぶんこの先生の雰囲気が、大好きな植物みたいっていうのかな・・・・とっても自然な感じだったから。
直感で先生を受け入れてしまった。
受け入れてしまうと、私はどこまでも深く懐いてしまう。
友達ともそうだけど、広く浅くは無理で、少ない人数でも、深く付き合っていくタイプ。
この学校を選んだのも一番の親友、春川瑠奈ちゃんが選んだから。
私としてはけっこう難易度の高い高校だったけど、瑠奈ちゃんと別れたら無事に高校生活を送れないかもと心配していたら中学の担任の先生(♀)と瑠奈ちゃんが一緒になって勉強を見てくれた。
そのおかげで、無事合格。
本当に感謝してる。
というわけで、早々に受け入れてしまったので、きっと私この先生にものすごく懐いてしまうと思う。
雰囲気がとっても柔らかな、木漏れ日を零す大樹のような人。
男の人でも、こんな優しい笑顔ができる人いるんだね。
先生の背中を見つめながらそんなことを思っていた。
チャイムが鳴り渡り、先生の授業が終わった。
先生は「おや?」という顔をする。
真剣だからこそ、時間を忘れてしまうんだよね、きっと。
先生はいつもそうだもの。
その顔がまたかわいいと思うのは失礼だろうか。
「先生、お昼、理科研(理科研究室)に行ってもいい?」
ワラワラ群がる女の子たち。
若干男子も。
先生はとっても人気がある。
人当たりのよさ、優しさ、いろんないいところがたくさんあるのだから当たり前だと思う。
私はそんなみんなを遠巻きに見つめた。
みんなすごいな・・・
私はみんなの積極さに眩しいものを見るように目を細めた。
私とは大違い。
私は相変わらず遠くから見ているだけで満足している。
でも本当は少しうらやましかったりして・・・・
先生はニッコリ笑い「いいですよ」と応えている。
先生は決して拒まない。
どんなに積極的な子達が群がっても、いつも自然体。
泰然としてるっていうのかな・・・・穏やかだけど決して揺れることのない芯のようなものが見え隠れしているような温かい眼差しでみんなを見ている。
それが本当に大きな大きな、数千年もそこにあり続けたような大樹のようで――安心感とか温かさとか穏やかさとか・・・・そういう先生を形作るものにつながっているんじゃないのかなって秘かに思っている。
あぁ、好きだな・・・・
自然とそう思う。
私はそんな先生をとっても幸せな気分で見つめ、理科室を出た。
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