鬼灯の冷徹 夢小説文

□貴女と言う存在
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私が初めて彼女を見たのは九年ほど前の夏…現世へ視察に行った時だった。

引越センターのバイトをしていて、その時の依頼者が彼女の父親だった。

大きな屋敷の一室に佇む彼女は、暑い夏の日にも関わらず、長袖と長いズボンを着用していて…


「あの、暑くないんですか?」


思わず、聞いてしまった。

一方の彼女は、そんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったのか、酷く驚いているようだった。


『暑い、です…』


暫しの沈黙の後に返って来た答え…

社長令嬢と聞いていたから、もっと生意気なのを想像していたら…案外、奥ゆかしい。

私と目を合わせず、ビクビクと怯える姿は小動物を連想させ、庇護欲に駆られる。

その後、彼女は父親に呼ばれ部屋を出てしまったが、これが私と彼女…結城シオンのファーストコンタクトだった。



…あの日から、彼女が気になりだした私は、暇を見ては浄玻璃鏡で彼女を探すようになり…

現世に視察に行く度に彼女の屋敷の近くでのバイトを探した。

一度だけ、彼女の屋敷で働く機会があった…確か、家庭教師がインフルエンザで倒れたとかで…

三日だけ彼女に日本史を教えたことも…あの時はつい熱が入り、死後の世界について熱弁してしまった。

兎にも角にも、私は彼女見たさに現世に行き、終いには権力フル活用で彼女がいつ死ぬのかを調べ出す始末…。

そして求めていた答えに辿り着いた…彼女は殺される…あと三年もすれば、彼女はあの世(こっち)に来る。



…とうとうやって来た彼女が殺される日…私は現世へ降り立ち、彼女の家に向かう…。

家に着き中に入る…

リビングには既に事切れた彼女の遺体が力なく横たわってた。

遺体はそのままに私は彼女の魂を探す…


『寝てる…』


彼女の声が聞こえ、その部屋を覗けば、どうやら寝室のようで…彼女を殺した張本人が悠々と眠っていた。

私は懐から煙管を出し、壁に背を預け、何やら考え込んでいる彼女を眺める。

…三回目の紫煙を吐き出した所で、彼女の溜め息が聞こえ、声を掛けた。

…あぁ、驚く顔は昔と変わらない…。


『…亡者って…?』


会話からして、彼女は自分が死んだと分かっていない様子…どうしたものかと考えるも、百聞は一見に如かず…

長い説明を重ねるよりも、見てもらった方が早いでしょう。


『えっと、つまり…私は死んだ、と…?』


案の定…彼女は理解は早かったが…


『…この後、私はどうなるんですか?灰にでもなるんでしょうか?』


少々、抜けている所もあるらしい。


「灰にはなりません。私と一緒に地獄に来てもらいます」


淡々と告げれば返ってきたのは即答で拒否…。

私と一緒が嫌なのか…地獄が嫌なのか…はたまたその両方か…

そんなことを考えていた矢先、私の耳に届いたのは彼女の震えた声だった。

彼女の過去を見るうちに、薄々気付いていた…彼女は男と言う生き物に恐怖を抱いている。

…やはりそうだ…私が手を伸ばそうと動かした瞬間、彼女は固く目を瞑り身構えた。

彼女の目には私も父親や夫と同じ男としてしか映っていないのだろうか…?

だとしたら、少しショックだ。


「取って食ったりしませんから、そう怯えないで下さい。傷つきます…」


安心させるようにゆったりと、その髪を撫でれば…彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「疲れたでしょう…少し眠るといい」


怯えないように、穏やかに声を掛ければ…緊張の糸が切れたのか、そのまま眠りについた。

私に凭れ掛かり寝息を立てる彼女をそっと抱き上げ、私は地獄への帰路に就く。






 
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