縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー〜Look at me
2ページ/13ページ




「ヤキモチ焼くなよ、お兄ちゃん」
「は?」
「自覚ないのが厄介だよな…そうだ、これ。忘れないうちに」
「ああ、助かる。ありがとう」

 仕事に必要な資料を受け取る。

「今日、おごりな」
「ああ、そのつもりだけど。飲み過ぎんなよ」

 鼻歌混じりにメニューに目を落とす伊藤を見ながら、緋村は内心ため息をついた。

 ――ヤキモチ焼くなよ。
 図星だ。
 自分は伊藤と薫の些細なやりとりにさえ、嫉妬している。自分には踏み込めない一線を、あっさりと越える男と、自分の知らない薫の過去。

 伊藤は惚れっぽいところを除けば、基本いい男だ。頭も悪くない。

 昨年の比留間兄弟絡みの一件の際も、惜しみなく力を貸してくれた。
 薫の方も、再会したばかりのぎこちない緋村より、顔見知りの伊藤に心を許していたように思う。
 
 あの時はそれどころではなかったが、今になって思い出してしまうと心中穏やかでない。特にあんなふうな心を許したやりとりを見てしまった後には。




「お待たせしましたぁ」

 そんなことを考えていると、薫が戻ってくる。
「はい、お兄ちゃん。今日もお疲れ様です」

 労りの言葉と笑顔に、先程の苛立ちが嘘のように消える。それに気付いたのか、にやつく目の前の男を足でこづいた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ