縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー〜旅立ちの日に
2ページ/6ページ





 そして三月下旬。薫のため、二人は買い物に来ていた。

 一人暮らしを不安に思っていた様子の薫も、いざ可愛らしい雑貨を前に目を輝かせている。
 そんな薫の様子にほっとした。だが、心の片隅には手を離れようとしているこへの淋しさもある。

(ほんとに保護者みたいだな…)

「あー、これいい!どっちにしようかなー」
 はしゃいだ様子で、可愛い赤とピンクのカーテンを見比べる薫。緋村は眉をひそめた。
「――なんだ、そのカーテンは。却下だ却下」
「えー?!」
「そうだな…、よし、この辺だろ。どっちか選べ」
 緋村が底の底から引っ張りだしたのは、地味なグリーンとグレイのカーテン。
「こんなのやだ!暗い!オジサンくさい!」

 薫は抵抗を試みるが、緋村は頑として譲らない。

「防犯のためだ。これにしろ」
「そんなのやだ!せっかくの一人暮らしなのに…!」
「馬鹿、一人暮らしだからだよ。そんなカーテンの部屋、一発で狙われる」

 弁護士なんて仕事柄、若い女性が巻き込まれるトラブル、事件は嫌というほど知っている。
 下着泥棒、空き巣に強制猥褻…――。
 薫の部屋は安全を第一に選んだが、それだけで安心できるほど、犯罪者は甘くない。

(――やっぱり一人暮らしなんて危な…――いやいやいや、それじゃあ元の木阿弥だ…)
 先日のやりとりを思い出し、心の中で首を振る。


『一人暮らしなんて、すぐに慣れるよ』

 そう言って薫の頭を撫でたのは自分だ。薫の方も、寂しそうにしながらも、納得して決めたはず。いまさら考えを変えることなどないが…。

 数日前のやりとりを思い返していた緋村を薫が覗き込む。

「お兄ちゃん、どうしたの?」 
「――なんでもない」
「変なの…あ、ねえねえ。お茶碗どっちがいいと思う?」
 薫が差し出してきたのは地味な色合いの茶碗だった。グリーンとグレイ。どちらも良い色合いだが、いかんせん渋すぎる。

「別に茶碗までそんな色味にすることないだろ…ほら、これは?」
 苦笑しながら、淡いピンクの茶わんを手に取った。それを差し出すと、薫が唇を尖らせた。

「わたしのじゃないってば。お兄ちゃんのだよ」
「は…何で」
 思わず真顔で尋ねると、薫が悲しそうな顔になる。
「なんでって…泊りに来てくれないの?」
 棚の前にしゃがんだ薫に見上げられ、思わず絶句した。

「泊まっ…――らない」
「何でよ」
「…何でも」
「もう、ケチ。でもお茶碗買うから、たまにはご飯は食べに来てよね」
「――ああ」

 さすがにそれは断ることも出来ずに頷く。薫が笑って緋村の手から薄桃色の器を取った。
「じゃあ私はこれにしよ。お兄ちゃんのはお揃いでいい?」
「…別にいいけど」

 ――それじゃまるで、夫婦茶碗…。

 不謹慎にもそんなことを考えてしまった。
 薫は他の棚に移り、楽しそうにマグカップを選んでいる。
「おにいちゃんの、どれがいい?」
「…どっちでもいいです」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ