縁薫v抜薫

□幾星霜の時を重ねて 〜東京の夜
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※ピクシブko‐mote様生誕祭参加作品です。




 新しい年も明け、ひどく冷え込んだある夕暮れ時。
 玄関先に突然現われた男の姿に、薫は目を丸くした。

「…驚いた。いつ日本に帰ってきたの」
「昨日だ。寒い。さっさと上がらせろ」
「はいはい…。靴、脱いでよ」
「…足が冷たい」
「もう、我儘ばっかり…あ、ちょっと待って」

 居間に向かおうとする縁を薫が止める。

「――薫さん?」

 その時、部屋の奥から男の声が呼び掛けた。

「ご来客ですか」
「ええ…」
 居間から現われたのは、四十半ばの男だった。一瞬、なんとも言えない気まずい空気が流れる。

「あの…こちらは?」
 探るような男の様子に薫が答え倦ねていると、縁がそれまで纏っていた冷たい空気を払拭するように笑った。
「緋村の義弟です」
「ああ…先生の弟さんでしたか」
 訝しむような男に、縁は当たり障りのない笑顔を浮かべる。
「しばらく日本を離れていたものですから。今日は久しぶりに仏前に参らせていただこうかと」
「そうですか…。そういえば、どこかでお会いしたような…」

 それでもなお名残惜しそうに、男は帰ろうとしない。縁に対して油断なく目を走らせている。
 不快だったが争うような相手でもない。
 
 仏間に向かうと、男と話す薫の声が漏れ聞こえた。



 仏壇に祭られた、真新しい位牌の横にはひっそりと亡き姉のものもある。鐘を鳴らし申し訳程度に手を合わせた。

 

「…ふぅ、助かったわ。あの人、やたら話が長いのよね。そこ、寒いでしょう」
 
 先程までの奥方然とした態度を脱ぎ捨て、薫が愚痴をこぼす。

 これではあの男も報われないと、内心で苦笑しながら、勧められた炬燵に腰を下ろした。ふと、脇に置かれたものが目に入る。
 
「――なんだ、これは」
「ああ…、おかしいでしょう。この年になって、もう一度嫁に行けだの婿を取れだのとせっつく人がいるのよ」
「ふん」
 つまらない釣り書きを指で弾く。
 
「こんな男の元へ行くくらいなら、俺のところへ来ればいい」
「…」
 鋭い目で見つめると、薫は、戸惑うように目を逸らした。

「…馬鹿なことを言わないで。わたしがこの家を離れるはずがないでしょう」

「ふ…それもそうだな」

 縁が笑い、一瞬張り詰めた空気はすぐに弛緩した。薫がそっと息を吐いた。

 無理に追い詰めたいわけではないが…。苛立ちを押さえ、話題を変える。
 
「それより、さっきの男は誰だ」
「さっきの…ああ、北見さん。剣心の昔馴染みの方よ。折々に色々届けてくださるの。もう三年になるのに、律儀な方なのよね」
「…そうだな」

 もう三年…。だからこそ、頻繁に様子を伺いにくる男の思惑。そんなものを疑いもしない未亡人は呑気に笑う。

「お酒や魚をいただいたの。何もなかったから丁度良かったわ。…何よ、そんなに怖い顔して」

 こんな夕刻に酒を持って寡婦の元を訪ねることなど、下心以外の何物でもない。憮然とする縁だが、薫はやはり思い至りもしないようだ。

「…別に。息子はどうした」
「剣路?少し前からあちこち回っているの。武者修行中よ」
「おまえ一人なのか。無用心だな」
「慣れているもの、平気よ」

 そう笑いながら、薫は引き寄せようとした縁の手をそっと外した。そのまま部屋を出ていく。
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