縁薫v抜薫
□泣かないでベイビー〜graduation
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厳粛な空気の中、式が始まる。保護者の席に着き、意外とおとなしい母とその婚約者にほっと胸を撫で下ろした。
ゲインはちょっと派手なカメラマン…という体で周りに溶け込み、式の様子を撮影している。
制服の群れのなか、なかなか薫を見つけられずにいると、名を呼ばれた生徒達が順に立ち上がっていった。
「神谷薫」
「はい」
少し緊張した澄んだ声が響く。ぴんと背筋の伸びた後ろ姿が美しかった。
「うぅ…」
緋村自身、込み上げるものがないわけではなかったが、嗚咽を洩らす母に感傷も引っ込む。
「――薫ちゃん、大きくなって…!」
「…大袈裟だろ」
冷たく言うと、千夏はジロリと緋村を睨む。
「あんたのときには出来なかった感動を取り戻してんのよ。あの時は肩身が狭いったらなかったわ…」
「……すみません」
それを言われるとぐうの音も出ない。
緋村の中・高校時代…――在学中は散々心配をかけ、結果大荒れの卒業式…。
もともと、ここのように素行のいい学校でもなかったし、緋村のせいばかりとも言えないのだけれど。
(俺の時は歌なんかも真面目に歌っている奴いなかったしな…)
卒業生が歌う、別れの歌に耳を澄ます。
懐かしい旋律には聞き覚えがあった。
千夏がぽつりと口を開く。
「…これ、懐かしいわね。あんたたちの時もこの歌だったでしょ」
「そうだっけ。…そんなの覚えてるんだ」
「当たり前でしょ、親だもの」
「ふうん」
気のない返事をしながらも、さすがにこの年になり、親の有り難みがわかるようになってきた。
両親を亡くした薫の苦境を目の当たりにしてからはなおさら。
「薫ちゃん、顔色良くなったわね。頬っぺたもふっくらしたし」
「…それ、本人に言うなよ」
それを指摘して泣かせてしまったことは記憶に新しい。
「言わないわよ」
千夏の口調が僅かに固いものになる。
彼女が薫の顔を見るのは、薫をマンションに引き取った時以来だった。慣れない環境やストレスのせいでやつれていた少女は、まるで捨てられた子猫のようで…。
『――あんたが見つけてくれて本当に良かった…』
ごめんね、ごめんね――…。
取るものも取りあえず薫のために帰国した母は、何度も薫の寝顔に謝っていた。
もし、あの時彼との別れを選ばなければ…。
もし、遠慮などせず、その後も連絡を取り続けていれば…。
薫の前で見せることはなかったが、千夏の胸の中には消せない後悔と罪悪感がある。
(…俺は、どうなんだろう)
緋村にしても、ただの恋心と片付けるには、薫に対する想いは複雑だった。
もちろん、もうただの義妹としては見れない。そして反対に、共に過ごした時間が、単純に男として彼女を想うことを躊躇わせる。
〈――ずっとそばで笑っていてほしい……――〉
そんな歌詞に思わず目を細めた。切ない旋律が胸に染みていく。
愛情だとか、恋情だとか、この想いに名前を付けることなど大した意味は持たない。
ただ、これからも薫を守る存在でありたい。
越路郎たち両親が、薫に与えるはずだった惜しみない愛情。それは他人である母や自分には到底与えてやれるものではないが、それでも出来るかぎりのことをしてやりたい。
それが今の自分の望むことだ。