縁薫v抜薫
□泣かないでベイビー〜サクラサク
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そして翌日。
緋村は腕時計に目をやり、足を速める。思わぬ仕事が入り、すっかり遅くなってしまった。遅れることは薫に伝えているが、三十分の遅刻だ。
メールをしてみるが返信はない。ホテルに入り、薫の姿を探す。
ようやく見つけた薫は、ホテル内の店先でショーケースを覗き込んでいた。
シックなワンピース姿はひどく大人びて見えた。
だが…。
(…よだれ垂らすなよ…)
空腹と、〈食事の前にお菓子を食べてはいけない〉という教えの間で葛藤している様子。
色とりどりのスイーツをじっと見つめる様子に苦笑していると、一人の男が薫の背後に寄り、何かを話し掛けるのが見えた。
(何やってるんだ…)
馴々しい男と、無防備な薫に苛立ちながら二人に近づく。
「――薫」
「あ…お兄ちゃん!」
満面の笑みに迎えられ、一瞬言葉を無くす。
「…行くぞ」
「あ、うん…失礼します」
ナンパ男にぺこりと会釈する薫を苦々しく思いながら、その場を後にする。
「――誰だ、今の」
「知らない人だけど…ケーキご馳走してあげようかって」
「ナンパか」
「あはは、そんなんじゃないよ。よっぽどお腹が空いてると思ったんじゃない?」
呑気に笑う少女に、ため息をつく。
「…腹減った。お前、歩くの遅いよ」
「え〜?しょうがないじゃん、今日はヒールなんだもん。髪も頑張ったんだよ?」
手の込んだまとめ髪は、男の緋村にはどうなっているのか見当もつかない。
「ほんと…その髪、すごいな」
「え、変…?」
不安そうに見つめられ、首を振った。
「可愛いよ」
そういうと、薫はぱっと顔を赤らめて俯いた。
無意識に触れてしまいそうになっていた手を引っ込める。
馴々しいのは自分の方だ。
可愛くて、つい…なんて、セクハラの言い訳か。それに、自分との食事を楽しみにしていた様子を嬉しく思ってしまうとか――…兄馬鹿にもほどがある。
「…行くぞ、野球部員。好きなだけ食べさせてやる」
「もう、それやめてよね!」
軽口にすねる様子も可愛いとか…どうかしている。どうにも重傷だ。