縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー〜サクラサク
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「薫、明日は予定あるか?」

 夕食の後片付けをしている最中、緋村に問い掛けられた。

「明日?なにもないよ」
「よし、それなら明日は外で食べよう。早く帰れそうだし」
「ほんと?やった〜!」
「わ…っ、…おい」
 うれしくてつい振り上げた手から泡が飛ぶ。皿を下げてきた緋村に泡が散った。

「あ、ごめんね…!」

 謝りながらも心はすっかりご馳走一色。

「楽しみ〜、どこ行くの?」

 浮かれた気分で尋ねると、流しに皿を置いた緋村が顔を拭いながら呆れたように笑った。
「お前も泡、ついてるぞ」
「――…っ、…お兄ちゃんは何がいいの?」

 頬を指で拭われ、近づいた距離に息が詰まりそうで、薫は慌てて俯いた。

「合格祝いだから、お前の好きなものでいいよ。よく頑張ったもんな」

 そんな薫の気持ちなど知るはずもない彼は、優しく微笑む。

(そういう笑顔、反則…)


 慈しむ、なんて言葉がぴったり当てはまるようなやわらかな表情。「妹」の特権だとはわかっていても、顔が赤らむのは止められない。

「…だって、すっごく勉強したもん」
「だよなあ。最後の追込みとか気迫が違ったし…受験が体力勝負って本当だったんだな」

 思い出し笑いする緋村を睨む。

「何それ」
「いや…、お前って外見はともかく、中身は体育会系男子みたいだと思って」
「何それ?!失礼でしょ!」
「ははっ、ここのファスナー開けたら、坊主の野球部員とか出てきそう…」

「…やっ」

 冗談混じりに背中をなぞられ、思わず悲鳴を上げてしまった。一瞬の触れ合いに、甘い痺れに支配される。

「あ…、悪い」

 てっきり、「おかしな声を出すな!」なんて怒られるかと思ったのに、緋村が慌てたように謝る。

 あの夜から、義兄は優しくなった。彼の中に、薫に対する壁のようなものが出来たのは気のせいではない。
 彼は、薫の中に女を見るのを嫌がっている。
 妹でいてほしいと望まれている。
 妹だから近くにいられる。

「――…お肉」
「え?」
「がっつりお肉が食べたい」

 そう言うと、緋村がほっとしたように笑った。

「わかった」

 あたまをくしゃりと撫でられる。

(このままでいい…)

 こんな想いを秘めているなんて知られれば、お互い傷つくだけ。
 この温かい手をなくしたくない。
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