縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー〜サクラサク
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『…あったよ、おにいちゃん!受かってた…!』

 携帯越しの薫の声に、緋村は深く息を吐く。

「そうか…。良かったな」

『うん…!お父さんたちに報告してから帰るね』

「一人で大丈夫か?」
 
『大丈夫!あ…、お兄ちゃん、今夜何食べたい?』

「そんなの、何でもいいよ」

『もう、それが一番困るの!』

 頬を膨らませる姿が目に浮かび、思わず笑みがこぼれる。

「じゃあ…豚汁。こないだの旨かった」

『うん、わかった。今日は早く帰れそう?』

「どうだろ…またメールする。じゃあな」



「――もしかして、薫ちゃんの合格発表?」
「あ、はい」 
 どうだったの、と職場のみんなに囲まれる。

「無事合格したみたいです。――…はぁ、寿命が縮んだ…」
 ぐったりと脱力した緋村に、ぱちぱちと沸き起こる拍手と笑い。
 
「お疲れさま、お兄ちゃん」
「よく頑張ったね〜」

「ありがとうございます。ご心配かけました」

 一人、司法修習生の瀬田が首を傾げる。
「誰ですか?」

「ああ、瀬田くんは知らないよね。緋村先生の義理の妹さん」
「へえ、義理の妹…。なんか萌える響きですね〜」

「瀬田くん…馬鹿なこと言ってると殺されるよ」

「マジですか?!緋村先生って実はシスコン…」

「――…人聞きの悪いことをいうな。誰がシスコンだ」

 バシッとファイルで瀬田の頭をはたく。

「馬鹿なこと言ってないでさっさとしろ。お前が終わらないと俺も帰れないんだよ」

「はいはい。今夜は豚汁ですもんね〜。ラブラブっすね!」

 瀬田が屈託なく笑うと、緋村の周囲の温度が下がった。まわりの人間が数歩後退りする。

「…瀬田」

「はい、すいませんすいません、すぐやりまーす」

 逃げ足の早い青年に、深くため息をついた。

(萌えとかラブラブとか、ふざけるなよ…!)



 薫のことを可愛いと思う。

 恋とか愛とか、そういう欲に通じる部分なのかは自分でもよくわからない。

 ただ、彼女の存在に気持ちを癒され、笑顔を見れば心が華やぐ。
 それは動かし様のない事実だった。
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