縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー 〜Valentine's Day
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※書きそびれていた設定…女子高生薫ちゃんは、亡き育てのお母さん(越路郎さんの再婚相手)の涙ぐましい努力の賜物で、なんと人並みにお料理が作れるのです!
ということでよろしくお願いします〜(´∀`)




 関東には珍しい積雪のあったある日、昼のニュースに見慣れた顔が映りこんだ。ちょうど昼休憩中で、木戸事務所の面々は盛り上がる。

「あれ、薫ちゃんじゃない?」
「本当だ」
「緋村せんせー、薫ちゃんが映ってるよ」
 受験会場の前でインタビューを受ける薫の姿に、テレビの前にわらわらと人が集まる。

『緊張するけど、頑張ります』

「可愛い〜」
「がんばれ〜!」
 はにかんだ笑顔に聞こえないとわかりつつ声援を送ってしまう、大人たち。

「なんかこっちもドキドキしちゃいますね…って、緋村先生?顔青いですよ?」
「…駄目だ…緊張する。吐きそうです…」

 何があっても動じない男の唯一の弱点に、周りの者は苦笑する。
「今日休めば良かったのに」
「ほんとほんと」

「何もせずに待ってるなんて、耐えられません…」

(意外とメンタル弱い…?)
(兄バカっていうか…)

 




 一方、薫の受験が無事終わった頃、緋村もテレビに出た。
 こちらは中継に映りこんだとか、インタビューに答えたとかではなく、法律関連のバラエティー番組への正式なご出演。


 薫は風呂上がりの髪を拭きながら、再生のボタンを押す。

「ぷくく…っ、お兄ちゃん、めっちゃ無愛想…!」
 テレビ用のすました表情に何回見ても笑ってしまう。
(かっこいいんだけど…)

 職場に行ったことは何度かあるが、こんなふうに法律の話をしている姿は見たことがない。

(お兄ちゃんの話が一番わかりやすい…さすがだな。…でもちょっとあの人、くっつきすぎ…)
 
 ドラマやCMで見ない日はない人気女優が、義兄に親しく話し掛けているのはなんとも不思議な気分だった。そして、ちょっとだけ面白くない。

「――お前…いい加減にしろよ」
 背後から、怒りを含んだ声。慌てて振り向こうとした薫の頭に、ゴツンとげんこつが落ちる。
「いったぁ…」

 緋村が憮然とした顔で、薫からリモコンを取り上げた。

 体調を崩した木戸の代打として、渋々引き受けたテレビの仕事。彼にとっては不本意なものだったようだ。

「消去する」
「え…や!ダメ!」
 慌てて取り返そうと手を伸ばすが、素早い緋村はさっさと逃げてしまう。
「消しちゃダメ!」
「こんなもの残しといてもしょうがないだろう」
「えー?そんなこと言って、本当に消したら絶対に千夏さん泣いちゃうよ?慰めるの大変だろうな〜」
「…お前が言わなきゃばれない」

 緋村の母の名を出し、彼が怯んだ隙にリモコンに手を伸ばす。
「隙あり!」
「あっ、馬鹿!」
「きゃ…」
 身を乗り出したせいで、ソファから落ちそうになった薫を緋村が抱きとめた。
「あ…っ」

 あまりに近い場所に緋村の顔。
(あ…どうしよ、唇触れちゃう…)

 かすめた吐息にぎゅっと体を縮めていると…。

「ばぁか」

指で鼻先を弾かれる。
「何してんだ、気を付けろよ」
「うん…ごめん…」
「くだらないもの見てないで、さっさと寝ろ」
 そのまま抱えるようにソファに戻された。
 近づきすぎた距離に、どうしていいかわからなくなる。
 それは彼も同じだったようで、頭を掻きながら気まずそうに言った。

「ちゃんと髪、乾かせ。試験終わったからって気ぃ抜くなよ。風邪引くぞ」
「う…うん」

 そういうとリビングを出ていく。その背中を見送り、膝を抱えて顔を埋めた。

(何考えてるんだろ、わたし…)

 自分の考えてしまったことにうろたえ、顔が赤らんだ。きっと邪な思いを見透かされた。

(変なこと考えた…お兄ちゃんには巴お姉ちゃんがいるのに…サイテーだ…)

 キスしてほしいなんて…。このまま放さないでほしいなんて――…。

 掴まれた肩に残る熱がつらくて、ぎゅっと目を閉じた。


『――お兄ちゃん、いつ結婚するの?』
『…お前が無事進学したら考える』
『早くしちゃえばいいのに』
『馬鹿、そんな簡単なものじゃない』
『そんなこと言ってたら、あっという間にオジサンだよ』
『お前なあ…』


 そんな言葉で誤魔化して。

 打ち消そうとすればするほど、想いは募っていく。 もうすぐ側にいられなくなる。残された時間が短いと思えば、なおさら――…。
 明日はバレンタインデー。
(――妹としてなら、チョコレート渡してもいいよね…)
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