縁薫v抜薫

□泣かないでベイビー 後編
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 雑然とした控え室で、女はソファーに薫を座らせた。
「よしよし、泣かないで。慣れたら仕事もそれなりに楽しいから。あなた可愛いし、正統派黒髪美少女って感じ?きっと人気出るし、そしたら借金もすぐに返せるよ」
 薫を慰めながら、どれがいいかなぁ…と女がゴソゴソとハンガーにかかったコスチュームを漁る。
「着てみたいのある?」
「わ、わかんない…わたし、あんなこと出来ない…」
 ひっくひっくと、なかなか涙の止まらない薫に女は首を傾げた。
「んー、困ったなぁ。もしかして、男の人としたことない?処女?」
 薫が泣きながらこくこくと頷くと、同情するように彼女は飲み物を手渡してくれる。
「そっかぁ。それなら余計につらいね。はい、これ飲んで」
「あ、ありがと…ございます……――ごほっ、これ何ですか?!」
 コップに入れられていた飲み物は、一口で喉が焼けそうになる。
「あ、ごめん。お酒だめだった?気が楽になるかと思ってさ」
 そう言いながら今度は、薫の口の中に何かの粒を押し込む。思わず飲み込んでしまい、喉の痛みにむせた。
「やっ…」
「これはどう?」
 そう尋ねてくる女の声は遠ざかり、近づいてまた遠ざかる。強い目眩に思わず手をついた先は何故か床だった。
「あらら、ごめんね。お酒弱いのね」
 床に倒れこんだ薫を、慌てて女が助け起こす。
「どんな感じ?」
「ん…なんだかフワフワしてます…」
 ソファに寝かせられ、目の前でひらひらと手を振られる。
「息できる?しんどくない?」
「はい…」
 深い酩酊感に、指先一つ動かすのが億劫だった。
 ぼんやりと夢心地で答える薫に、女が満足そうに笑った。
「これで色々されても、気持ち良くなれるから大丈夫。さ、店長が帰ってくる前に着替えとこーね♪」
 ――待って…。
 呼び止めようとしたが声にならず、彼女は鼻歌を歌いながら出ていってしまった。






「まだ薫は見つからないのか…!!」
「ちょっと、落ち着きなよ緋村」
 苛立ちを顕にする緋村を操が宥める。
「これが落ち着いていられるか!」
「他の組にも声かけて探させてるから、きっと見つかるよ」
「そんな呑気なことを言ってる間に、薫に何かあったら…」
 今頃、悪い男に捕まってあんなことやこんなことを…。
「ちょっと、縁起の悪いこと言わないでよね!もう…」
 いつも冷静沈着の可愛げの欠けらもない男のはずが、見る影もない。これは弱みどころかとんだ地雷だ。後でからかおうものなら、十倍返しくらいはされそう…。

「お嬢、それらしいチンピラが出入りしてる店が見つかりました」

 蒼紫の言葉に二人ははっと顔を上げた。

「どこだ、案内してくれ…!」
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