縁薫v抜薫
□見えない想い 前編
1ページ/7ページ
※幕末設定で、剣心、薫、共に十七歳です。巴さんとは出会っていません。歴史背景も全く考慮してません。それでもオッケー!という寛大な姫ぎみは下へどうぞ〜。
土蔵のなか、粗末なムシロをひいただけの冷たい床に薫は蹲っていた。
江戸からここ京へ連れてこられて、もう二日は経つだろうか。
一緒にここへ押しこめられていた娘たちの姿は既にない。
カチャカチャと鍵を開ける耳障りな音がして、重い扉が開いた。風が流れ込んでくるとともに、酒の匂いが届く。
びくりと体を強ばらせた薫を、入ってきた男が笑いながら見やる。
「心配せんでも何もせえへん」
そう言いながらも、肩を抱き、酒臭い息を近付けてくる。
人買いに売られ、物のように扱われ、冷たい蔑みの目で見られるのもつらかったが、この男の舐めるような目付きに比べればなんでもなかった。嫌悪に体が強ばる。
「やっ…」
「おとなしゅうせんからこないな折檻受けるんやで。可愛い顔が台無しやな」
逃げ出そうとして殴られた頬を、汗ばんだ手で撫でられ、顔を振って避ける。 後ろ手に縛られたまま、それでも逃れようと身を捩る薫の口元に、何か湿った布を押しつけられる。
「これ以上傷を増やされたら、売りもんにならへんからな」
薄れていく意識のなか、ムシロの上に押し倒される。
「ちょっと吸わせすぎたか?まあ、大人しゅうてええか…」
体を勝手にまさぐられる感触もひどく遠い。
誰か…。
――…誰か、なんて誰もいるはずもない。父が亡くなり、道場は騙し取られた。江戸からこんなに遠く離れた場所に連れてこられて。
それなのに、諦めきれない涙が耳を濡らす。
「誰か…助けて…」
「うっ…」
男がうめき声と共に倒れこんでくる。
誰かがそれを引き剥がし、薫を助け起こした。
「――…ご無事ですか?」
(誰…?)
覗き込んでくるのは、見たことのない侍の姿。
(――…きれいな目)
ぼんやりとした意識の中で、思わず見とれる。
拘束を解かれ、抱き上げられるのを感じたのを最後に、薫は意識を失った。