お題―恋する動詞

□6.願う
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 新しい年の始まりの朝。
「ん…」 
 冷たい空気の流れに目を覚ます。寝返りを打った薫は無意識に隣のぬくもりを探すが、布団の中はもぬけの殻だった。
(剣心…?)
 戸口に目をやると、そこには静かに空を見上げる剣心の姿があった。

 茜色に染まる東の空は間もなく日の出。しん、と静かな元旦の朝、清涼な空気の中、剣心の横顔はどこか神々しくて、見つめるうちに薫の胸はいっぱいになってくる。
 二人一緒に新年を迎えることができた幸せに、目の奥が熱くなった。

「――…薫殿?すまない、寒かっただろう」
 飽きもせず、美しい横顔に見とれていると、ようやく気付いた剣心が照れたように笑った。
「ううん、大丈夫」
 薫が暖かい布団から抜け出そうとすると、慌てたように戻ってくる。
「今朝は冷える…もう少しそのままで」
「大丈夫よ。起こしてくれたら良かったのに」
「駄目だ」
 起き上がろうとした薫を制して、布団のなかに冷えた体が滑り込んでくる。
「朝日が昇り始めたら起こそうと思っていたのに」
「もう、それを待つのが楽しみなのよ」
 冷たくなった剣心の体を包み込もうとすると、するりと逃げられる。
「冷えたらいけないから」
「もう…!」
 大げさな気遣いは聞こえないふりで、愛しい人を抱き締める。触れ合う素足の冷たさに思わず震えると、剣心が苦笑した。
「今年はここから御来光を拝めばいい」
「布団の中から?」
「そう」
「そんなの、お天道さまに笑われるわ」
「笑いやしない。体を冷やすほうがいけないよ」
「だからって…」
 そう唇を尖らせてみるが、優しく抱き寄せられてしまえば誘惑には勝てない。
 暖かい胸に頬を寄せ、大切な人のぬくもりとやさしい匂いに身を委ねる。

「もう少ししたら雑煮の支度でもしようか」
 尋ねられるが、薫は首を振った。
「何にもいらない…お白湯と梅干しだけでいい」
 子供のようにいうと、剣心が眉をひそめた。
「困ったなあ」
 心配げな剣心の気持ちがくすぐったくて、薫は笑った。
「ふふ、困らないわ。それだけ、この子がしっかりお腹にいてくれる証だもの」
 まだ変化のないお腹を撫でると、何とも言えず浮き足立った気分になってくる。
 目眩と吐き気を始めとするつわりのあれこれ。なかなかの難敵だが、それに勝る喜びの鮮やかなこと。

「薫殿、御来光だよ」
 差し込み始めた朝日に目を細めながら、剣心が微笑む。
「本当ね。きれい…」
 やはり寝てなどいられない。ごそごそと起きだすと、剣心がやれやれと追い掛けてくる。
 
 正座をして手を合わせていると、背後から抱き寄せられ、合わせた手を包み込まれた。
 そっと背後を伺うと、目を閉じひたむきに何かを祈る姿。
 薫もそれに倣い、そっと目を閉じる。
 二人とも、きっと願うことは同じ。

 愛しい人と新しい命に幸多からんことを…――。



おしまい。



※皆様の一年が素晴らしいものとなりますように!
 江戸時代の庶民は、完全なる寝正月だったみたいですね。羨ましい!
 

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