お題―恋する動詞

□10.惚れる
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 今日は赤べこの定休日。薫は妙と二人、評判の洋食店に来ている。
「ん〜、おいしい」
「ほんまやなぁ。お肉も柔らかいし」
「幸せ〜」
 お互い母になってだいぶ経つが、こうして二人で出かけるとついつい娘時代に戻ってしまう。


 食事を終え、食後の紅茶を飲みながら手洗いに立った妙を待つ。
 昼下がりの店内には薫たちの他に、女学生らしき娘たちが数名。
 のんびりと、聞くともなしに賑やかな背後の少女たちに意識を向けた。
「…だからあの方はおよしなさいって言ったのよ」
「だって…」

 いつの時代も、乙女の話題は恋のことばかり。微笑ましい思いで聞いていた薫の耳に、思いがけない名が漏れ聞こえる。

「この間の剣術の試合…」
「神谷道場の…」
「まあ、年下じゃない…」
(あらあらあら…)
 うふふ、と笑いを噛み殺す。剣路も、もう十四歳。とうとう息子が、こんな風に娘さんの間で噂になっているなんて。
(剣心にも教えてあげなくちゃ)

「あれ、薫ちゃん。にやにやしてどないしたん」
「あ、妙さん…」
 聞いて聞いて…と妙を手招きした。
 しかし…。
「もう、剣路くんのことじゃないわ」
 勝ち気そうな少女の声に、あららと落胆する。
(あの二人のことか…)
 ついつい人気者の師範代たちのことを忘れていた。
「薫ちゃん?」
「あ、ごめんね」
 怪訝そうな妙に事情を説明しようとしたとき。

「あの方…剣路君のお父様。本当に素敵よね」


 
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