お題―恋する動詞

□1.焦がれる
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 まだ肌寒い春のある夜。左之助が花見と称して酒を持ち込み、内輪の宴となった。


 そして夜も更けた頃。
「なあ剣心。お前、嬢ちゃんのこと、どう思ってんだ」
「どう…といわれても」

 酔ってうたた寝をしていた薫は、漏れ聞こえる会話にぴくりと覚醒する。
(――左之助のおせっかい!)
「嬢ちゃんの可愛らしい恋心、気付いてないわけないよなぁ」
「…左之」
 酔いに任せ、ずけずけと問い詰める友人に、剣心が苦笑する気配。
「――…薫殿は父御を亡くして間がないし、近しい身寄りの方もいない」
 しばらくの沈黙ののち、紡がれる繰り言は薫の予想どおり。
「拙者は保護者のようなものだから…」
「けっ」

 憧れだとか、亡き父の面影を見ているだとか。剣心はどうせそう思ってる。でも、実際そんな想いから始まった恋心だから。
(剣心の気持ちは予想どおり。そう、こんなの想定内なんだから)
 だから泣いたりしない。 ぎゅっと目を閉じて胸の痛みをやり過ごす。

 初めて好きになった人に、認めてさえもらえない恋心。
(――それに、わたしだってわからない。これが恋だと呼べるのかどうか…)
 こんな気持ち、なんて呼ぶのか知らない。苦しくてつらくて、息さえ止まりそう。
 この優しい人を想うたび、胸は甘く切なく締め付けられる…――。




 左之助が突然、薫のことを問い掛けてきたとき、一瞬だけ心臓が跳ねた。だが、問題はない。答えは用意してある。
 薫の嘘寝には気付いていたが、言葉を止めることはしなかった。

――保護者のように、子供を思うように。本当にそう思えるならどれ程楽だろうか。 真っすぐに己に向けてくれる一途な想い。心動かされないはずがない。
 
 本心は奥深くに隠し、ただ慈しみ、大切に守る。そう決めている。
 せめて一時だけでも、心を偽っても、この娘の傍にいたかった。



 すれ違う二人の想いが重なり合うのは、まだ先のこと。四月晦日の夜は更ける…――。



おしまい。


※たまにはこんな剣薫も。剣薫にはまる前は、両片想いの焦れったい感じが一番スキでした。もちろん今は夫婦のイチャイチャが一番の活力。
 

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