縁薫v抜薫
□泣かないでベイビー〜旅立ちの日に
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引っ越し当日。
「じれったいなー。さっさと告白しちゃえばいいのに」
狭い台所で、操が並べたお揃いの食器をつつく。
「そ、そんなの無理!…気まずくなったらやだもん」
ヒソヒソ声なのは、扉の向こうに緋村がいるから。彼は今、窓にシートを貼ったり二重ロックを取り付けたりと、防犯対策に余念がない。
「まあ、確かにね…。でもさ」
「操ちゃん?」
はにかんだように笑う操の横顔を見つめる。
「離れてみて、それで分かることもあるかもね」
「…蒼紫さん、まだ京都?」
いつも影のように操を見守っていた彼は、今京都に出向いている。
「別に、蒼紫は関係ないけど」
「ふーん。離れてみて、どう?」
若頭である蒼紫と、組長の一人娘である操。周りは当然のように二人が結ばれるものと思っている。
そんな周囲からのプレッシャーで、素直になれない操はつい蒼紫に素っ気ない態度を取っているようだ。
形勢逆転とばかりにからかうと、操が頬を膨らませた。
「もう…違うってば。さ、お邪魔虫は退散しよっかな。あとは二人でごゆっくり!」
「な…」
「さっさと妹卒業しないと、緋村誰かに取られちゃうよ!」
にっと笑う操に薫は真っ赤になる。
「み、操ちゃん、変なこと言わないでよ」
「えへへ。緋村ー、わたし帰るね」
部屋に通じるドアを開け、操が告げる。
「あれ、操ちゃん、帰るのか。メシは?」
「うちで食べることにしてあるから」
「そうか。ありがとうな」
「うん。じゃあね、薫ちゃん。また遊びに来るね!」
「う、うん。バイバイ…」
玄関先、操を見送るために緋村が薫の後ろに立った。
ぱたん。
ドアが閉まっても緋村は退かない。
「薫」
「な、何…?!」
背後から名前を呼ばれて、肩に手を置かれる。
狭い玄関の中、近すぎる距離に鼓動が早くなる。
(み、操ちゃんが変なこというから…!)
「…そこ、邪魔」
「え…」
「ドア、鍵付けるから」
「あ、鍵…」
ドキドキしている薫をよそに、緋村は手際よくツーロックを取り付けていく。
(何一人で意識しちゃってるの…!)
バカみたい、バカみたい…。心の中で百回くらい繰り返す。