おはなし

□わすれな草
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綺麗なモノを身につけたい。

”あのお方”に少しでもいい、可愛いと思われたから。



だから名も知らぬあの花が欲しかった。
だからいつもどおり、己のわがままを聞いてくれる同郷の同居人に言った。


「あの花が欲しい!」


崖の上に咲いた花は、一つ一つは小さいが真っ白な花が”あのお方”を連想させた。



”あのお方”も喜んでくれるかもしれない!


渋る同居人にすがるような目でお願いと頼んだ。
同居人ははぁっとため息をついてその崖を登り始めた。

いつものってるへんてこなUFOには乗らないの?

そう尋ねると、同居人は

「こんな崖、UFOに乗らなくたって俺様には楽勝だもんね」

と言った。


言葉通り、同居人はするすると崖を登る。
花を掴んだ時には己も感嘆を上げて喜び、


「早く早く」

と急かした。
同居人は「はいはい」と言いながら、己の方を向き


視界から消えた。






「え・・・」

一瞬のことに頭が追いつかなかった。
 


「ばいきん・・・まん?」


崖の下には流れの早い川があった。
昨日まで降り続いた雨が、その流れをより早くしていた。

行きは橋(と言っても丸太だが)があったから良かった。
しかし、崖を登っていた同居人は橋の上にはいなかった。


直後、濁流の音に混ざって同居人の声が聞こえた。


「ドキンちゃんっ」


川の下流に目を向けると濁流に飲み込まれた同居人が、己の名を叫んでいた。



「ばいきんまっ「忘れないで!!」・・・え?」



己の足元にあの花が落ちた。



「俺様のこと・・・忘れないで」




最後に見た同居人は、いつもの自分に向けられる優しい笑顔だった。




ゴオォォォオオオ



ついに、同居人は濁流に飲まれ見えなくなってしまった。



「え・・・嘘、なんで・・・」


自体が飲み込めないまま、その場に崩れ落ちた。



何が起こったの?


あたしが花が欲しいって言って、


ばいきんまんが取りに行って


ばいきんまんが視界から消えて


花が足元に投げられて


ばいきんまんが笑って


ばいきんまんが・・・




はじかれたよう白い花を掴んでに立ち上がった。
そして川沿いを走る。



たしかこの先には滝が!!



普段運動しない体が悲鳴を上げる。
しかしそんなこと関係ないというように走った。




崖が見えた




瞬間、ガクッと膝が折れその場に倒れてた。
手に持っていた花が斜め前に放り出される。
右足を捻ってしまったようだ。
じわりと痛む右足に涙が出てきた。


「ばいきんまん・・・ばいきん・・・まん、」


次々に溢れてくる涙は止まらなかった。
何度同居人の名を呼んでも返事はない。


 
泣き崩れる己の目に、あの白い花が写った。






あたしがあんな花欲しがったから
”あのお方”に可愛く見られたい、そんなちっぽけな理由で・・・








そう口にした己の耳にふと、同居人の声が聞こえた。





”俺様を忘れないで”




「おばか・・・忘れないわよ・・忘れるわけ、ないじゃない」


白い花を手に取り、震える声で言った。
そして泣いた。
生まれたばかりの赤ん坊のように泣き続けた。











――――――――――――――――――――――






あれから1年が経った。
”正義の敵”と言われた同居人がいなくなって、街には平和が続いていた。




あのあと、帰ってくるかもしれないからと毎日のようにあの崖の下に訪れ一日中同居人の帰りを待った。
雨の日も、暑い日も、ずっと待ち続けた。


現実を受け入れたのは半年後、事情を聞いた”あのお方”に説得されてからだった。
”あのお方”は、痩せこけみすぼらしい己にも優しく、同居人のお墓を作ったあと一緒に来ないか、と言ってくれた。



同情だと分かっていても、以前の己なら喜んでついて行っただろう。
だが、断った。

”あのお方”はそうですか・・・というと、同居人の墓に一礼して帰っていった。





同居人はもう帰ってこない、そう思ってもそこを離れることはできなかった。


ここにいればいつかまた、あの優しい笑みを浮かべながら己の名を呼んでくれる、そんな気がして・・・






















「やぁ、ドキンちゃん」



振り向くとそこには同居人の永遠の好敵手がいた。
彼は優しい笑みを浮かべながらはい、っと焼きたてのパンを差し出した。

「ばいきんまんの分もあるよ」


そういってお墓の前にもパンをひとつ置いた。


一年前は敵だった彼は、同居人(好敵手)の死を悲しみ暇さえあれば手土産のパンをもってここに来て今日何があったかを話した。




「ねぇ、あんぱんまん」



あれ、とって





そう言って崖の上に咲く白い花を指差した。

彼は「うん」っと笑うと、ふわりと浮かんで花をとってきてくれた。


「もっとたくさん」



己のわがままに、彼は苦笑しながら両手いっぱいにその白い花をとってきてくれた。
受け取った花を一つ一つ丁寧に同居人の墓に飾っていく。



「綺麗な花だね、なんていう花かな?」




彼の言葉に手が止まった、




”俺様を忘れないで”










「わすれな草・・・」


「え?」



「この花はね、わすれな草って言うの」




久しぶりに笑みを浮かべた。


同居人の





”忘れないでくれてありがとう”


という声が聞こえた気がしたから・・・






end
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