novel
□スピカ
5ページ/7ページ
ただ、笑顔が見たくて、笑顔以外の顔も好きで、
声が好きで、要するにこのひとの全部が好きで、
それなのに、俺は何か忘れていたような気がする。
段々、側にいるのが当たり前のようになって、そういう感覚もなくしてしまったと思っていた。
そのくせ、失いたくはない、なんていうのは餓鬼っぽい俺のわがままだ。
「テマリ」
一息では言い切れずに、途中で止まってしまうかもしれない。
だけど、このひとを失いたくないと思う内は、どんなことをしても。
たとえば、苦手な『声に出すこと』も。
何から言えばいいか考えながら大切なものを抱きしめると、それは抑揚のない声で
「血のにおいがするかも」
と言った。