novel

□signal
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寒気がする。

雨に濡れたからだ。

もし違うとすれば、あのひとがあんな顔をするからか。



うまく笑えた自信がなかった。

本当は、あのひとの、

テマリの顔を見ただけで泣いてしまいそうだった。


だけど、そんな訳にはいかない。

格好悪いところなんてもう見せたくなくて、
俺は、全然平気な
”ふり”をした。



その後、家に帰っても眠る気にもなれず、外に出た。


雨は止んでいて、月が真上から辺りを照らしていた。

所々に残った水溜まりが、それぞれに光を映している。


辺りはしんとしていたが、
しばらくすると人が近づいてくる気配がした。

わざと水を跳ねさせて歩いているような音が聞こえてきて、
何だか可笑しくなる。


「子供かよ」

俺にはそれが誰なのか、すぐに分かった。

その声が聞こえたのか、水の音が止まる。



姿が見えるようになると、やっぱり聞こえていたようで、そのひとはじっとこちらを睨んでいた。


月とよく似た髪の色と、深い碧の瞳。

それらが夜の色から浮いていて、一瞬見とれてしまいそうになったけれど、
足元は当然、泥で汚れていた。


「だって」

何となく気恥ずかしいのか、子供のように口ごもるそのひとを、
テマリを、
やっぱり好きだと思う。


「だって、砂ではあまり雨は降らないんだ」

「だからって、こんな夜中に」

「それはお前だって」

「俺はいいんだよ、男だから」

何か言い返そうとしているテマリの声を遮って、俺は言った。


「宿まで送る」





 
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