novel
□かなわないこと
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そうこう思っている内に、テマリは川から出て足を拭い、脚半を履き直している。
近くに行くと、いつもの忍装束ではなく、少し軽装であることが分かった。
「あまり長いこと居られないんだ」
太い木の根に腰を下ろしたテマリは、そう言った。
「会いたかったんでしょ、私に」
現実でそんなことを言われたら、困惑して何も言えなかっただろうな、と思う。
だけどこれは、夢だ。
俺は頷いた。
「素直だね」
ふふ、と笑うテマリの顔を見ていると、本当に、本当のこのひとがここにいるような、そんな錯覚に陥る。
(本当の俺は、いつだってお前に何ひとつ伝えられない)
はぁ、と深く息をついて、どう伝えようか、考える。
「会いたかった。
こんな夢、見るほど」
テマリは目を見開いて、俺を見ていた。
翡翠の色をした瞳が、揺れた。
その中の涙でできた膜が、ちらちらと光を反射している。
テマリも、俺も、しばらく何も言わなかった。
今は言葉が邪魔になると思ったからだ。
言葉なんかいらない。