剣の君

□湖にて
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「ゾズマ様!」
アセルスの私室のある階層から、側近たちの部屋と宝物庫があるその下の階層に降りると、鈴を振るような声が近付いて来た。
振り向くと、薔薇色のチューリップ型ドレスをまとった、柔らかな金髪の女性妖魔が歩み寄って来るところだった。手に小振りな宝石を飾ったスティックを持ち、真珠色を呈する繊細な、鎧と言うより宝飾品のような鎧を身にまとっていた。額の生え際から伸びた、蜜蜂のような触角が珍しい。
「ディアディム、ちょうど良かった、呼ぼうと思っていたんだ。僕はこのレッドに付き合って、邪妖の捜索をすることになってね。君も力を貸して欲しいんだ」
ゾズマが切り出すと、ディアディムと呼ばれたその女は従順に頭を下げた。
「勿論でございます、ゾズマ様。何なりとお命じ下さい」
レッドは美しく大人しそうなその女を、不思議そうに眺めた。
「ゾズマ。その人は?」
「ああ、紹介するよ。僕のパートナーのディアディム。結構役に立ってくれるよ。ディアディム、このボウヤがアセルスの幼なじみでIRPO捜査官の小此木烈人。他のリージョンで犯罪をやらかした元黒騎士のアケルナルを追って来てるんだ。これから捜査に付き合うことになった」
「よろしく。俺のことは、レッドって気軽に呼んでくれ」
ディアディムは、レッドをまじまじと見た。
「アセルス様の幼なじみの方…。こんなにお若い方が幼なじみ…。本当にアセルス様はお若いのですね…。失礼しました、レッド様、何なりとお命じ下さい」
深々と頭を下げられて、レッドはむず痒い思いに囚われた。
「いや、よろしく頼むよ。ところで、宝物庫ってどこだ?」
「案内するよ。ディアディムもおいで」
ゾズマに案内され、レッドは宝物庫のある塔の扉を開いた。

「うわー!沢山あるなー!」
八方を埋め尽くした華麗な宝物の数々を見て、レッドは感嘆の声を上げた。流石「剣の君」と呼ばれるアセルスの宝物庫だけあって、蓄えられているのは各種武具が中心だ。壁には剣が幾振りも飾られ、鎧掛けに掛けられた鎧がそれぞれの輝きを振り撒いている。武具とは言っても、他のリージョンで見られるような無骨さはなく、全てが精緻で華麗な細工を施された美術品の名に相応しいものばかりだ。
「僕は大体間に合っているけど、レッドたちはもう少し武装を強化した方がいいな。ディアディムも、鎧だけでなく付属品も付け足すべきだね」
まるで自分のもののように無遠慮に、ゾズマは武具やアクセサリーを漁っていく。
「いえ、私は…アセルス様にもったいなくもこのような鎧を賜り、それだけで十分でございます。これ以上を望むなど…」
ディアディムはしきりに遠慮している。
「へえ、その鎧、アセルス姉ちゃんにもらったのか?」
レッドは興味を引かれた。
「そう言えば、親衛隊か黒騎士になった下級妖魔は、特別な鎧をもらえるとか何とか、あのメサルティムとかいう人が言ってたけど、あんたも親衛隊か黒騎士に?」
「いえ、私はそうではございません。ただの下級妖魔です。しかし、ゾズマ様のお供をさせていただいている事情から、アセルス様に特別にご恩顧を賜り、本来なら部下の方々にしか許されぬ、上級妖魔並の力を授かる特別な鎧を下賜されたのです」
ディアディムは大事そうに真珠色に輝く鎧に繊細な手を触れた。
「アセルスは僕に借りがあるからね。このくらいはしてくれるさ。…さて、君たち人間には、これが必要だね」
ゾズマは展示台の上に飾られた、透明な素材で作られた、風変わりな指輪を二つばかりレッドに手渡した。魔物とおぼしい不思議な紋様が刻み込まれている。
「これは?」
「トウテツパターンといってね、精神を守る力が込められたものさ。今でこそ必要なくなったけど、最初のうちはアセルスもこれの世話になったんだ」
へえ、と呟き、レッドはその内の一つ、透明な素材に銀の線が入ったタイプのものを中指にはめた。倉庫内の照明に反射し、それはきらきらと煌めいた。もう一つはヒューズに取っておく。
「ディアディムも、これがあった方がいいな。音で攻撃してくる奴は、割と多いから」
そう言ってゾズマがディアディムとレッドに手渡したのは、青みがかった銀の、優美この上もない腕輪だった。三つあるが、それぞれデザインが違う。ディアディムのは、花咲く蔓草が繊細に絡み合ったような、腕輪の形の宗教美術品のように見える腕輪だ。実に当たる部分には、青い宝石が嵌め込まれている。
レッドに渡されたうちの一つは、羽ばたく翼と龍が浮き彫りにされた、まるで彫刻のように見えるものだった。無駄に装飾されているのではなく、表面の凹凸が効率的に敵の攻撃を受け流すように考えられている。
もう一つは、棘で装飾されたガントレットのようなものだった。指の付け根までを覆うように作られており、格闘攻撃の補助になりそうな代物だ。攻撃的だが、繊細な見た目だ。
レッドは考えた挙げ句、翼と龍の腕輪を身に着けた。もう一つは、体術での攻撃が主体の相棒・ヒューズに渡すと決める。
「人間様二人は、鎧も変えた方がいいね。その鎧、そこそこ頑丈だけど、芸がないだろ?」
そう言ってゾズマが示したのは、胸に黒と白の蝶が像篏された、芸術的な見た目の鎧と、それよりやや軽やかな、曲線と嵌め込まれた黒い宝石で飾られた鎧だった。
「胡蝶の鎧は石化耐性。黒星の鎧は麻痺耐性がある。どちらにする?」
「ちょっとこっ恥ずかしいが、蝶々の鎧にするよ。石化耐性は魅力だ。ヒューズは体術主体だから、身軽に動ける黒いやつの方がいいだろ」
レッドはいそいそと今まで着ていた武神の鎧を脱ぎ、胡蝶の鎧に着替えた。
「さて、後は…」
「なあ、ゾズマ。あの剣、もらえないかな?」
レッドの目は、壁の高い位置に掛けられた、淡い虹色に仄光るやや細身の直剣に向けられた。そのすぐ下には鞘もある。刀身がやや長めに見えるのは、内部から洩れる光が刃を成しているからだ。三日月型の鐔が珍しい。
「ああ、良いのに目を付けたじゃないか。月虹の剣だよ。月の、虹と書いて月虹」
ゾズマは踏み台を引き寄せて、手を伸ばしその剣と鞘を取り、レッドに手渡した。
レッドが手に取ると、その剣は主を定めたことを喜ぶかのように光を強くした。
「アセルスの持ってる幻魔ほどじゃないけど、これも魔剣だよ。バリアの反撃を受けず、相手の守りを無効化する。攻撃力そのものは、幻魔に近いんだ。君が剣使いなら、文句なしにおすすめかな」
その一言で、レッドはそれを持ち出すことに決めた。
盾と各種アクセサリーを漁ってから、レッドたちは宝物庫を後にした。
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