ふわふわり

□7
1ページ/1ページ








  ○○○○SIDE






ここで昔話をしようと思う



それはまだ船長にも、みんなにも逢う前

俺がまだ海に出ることすら決める前



小さな島に俺は生まれて、育った

島じゃまあまあ金持ちの家に生まれたせいか、小さい頃から、ありがちの英才教育



毎日繰り返される楽しくもない日常

成長しないからと、太陽が当たる小さな小さな箱庭の中に1日の数時間入れられた

青々しい芝生のなかに転がるおもちゃと、公園によくある滑り台とかブランコ

けれど周りには俺を見張るボディーガードだけ

友達なんている筈ない

白い壁の向こうに見える蒼い空とおもちゃ

あの頃はそれだけが友達だった


背が伸びてあの頃は高く感じた白い壁の背を追い越した

外の世界を見る

窓越しとはまた違うその景色

家々が続いたその先に昔誰かに教えてもらった海も見える

その瞬間なにもかもちっぽけに感じられた

俺のこの家も、この島も、地平線まで続く海を見てしまってからは全部全部



その頃から生きる意味が分からなくなった

俺1人死んだってこの世界はなにも変わらない

ならこんな箱庭で生きる意味は?

俺が生きる意味は?

どうせ大きくなっても言いなりになるしかない人生

ならいっそ、



不本意ながらも言う事を聞いていたかいがあって、数年ぶりにボディーガード付きだけれども出られた外

ボディーガードが目を離した隙に逃げ出した

走って、走って、たどり着いたのは海が見える崖

無意識に海の方に走ってきてたらしい

初めて感じる海風と潮の匂い

とても力強く感じる波の音

膝をついて海を見下ろす

海に手を伸ばした





『死ぬの?』





その時急に後ろから声が聞こえた

澄んだ声

気配に気づかなくて、思わず肩を揺らす

振り向けば、足音もたてずに俺の方に近づいてくる女

ものすごく綺麗だと思った反面、ものすごく怖いと思った

なぜだかは分からない





『なっ、なんだよお前、』

『私が聞いてるんだけど。入水自殺?私と年も変わんないだろうに、お疲れだね』

『うるさい!!!』

『でもおすすめしないなー。見つかる君の姿は、水吸ってぶよぶよになった醜い姿。どうせなら美しく散ればいいのに』

『っ、』

『あのね、リストカットってあるでしょ?本当に死にたいと思うなら横に切っちゃだめ、縦に切るの。そしたら血管が切れるから死ねるよ。ほら、』





逃げることもできなくていつのまにか女は俺のすぐ背後に

抱きしめるような形になりながら、俺の手首を女の白くて細い指が縦になぞる

耳元で囁かれる声は妙に色が混ざっているのに、内容はそんな甘いものじゃない

思わず鳥肌が立った

それから俺にナイフを差し出した女





『白い身体に滴る赤。ものすごく綺麗だと思うよ?…ほら、死にたいならどーぞ』

『お、俺はっ、』

『…………そんな勇気ないんでしょ?"逃げたい"と"死にたい"は似てるようで違う。この世界のなにを君は知ってるの?なにをしたの?なにに尽くしたの?なにに抗ったの?それは本気でしたの?……………死ぬのは勝手だ、君の死なんて私にはなんの得も損もない、当たり前だけどこの世界にとっても。けど君がなにかに全力で、抗って抗って、そこで本気で死んでもいいって思えた時に死んだんなら、それはこの世界の誰かを動かすんじゃない?』

『あ…………』

『まあ所詮君も弱くて醜い人間の1人なんだね。じゃあばいばい』

『っちょっと待ってくれ!!!』

『ん?』





俺の声に歩を止めた女

また理由は分からなかった

ノースリーブから見える肩に、目立つ刺青

腰には刀

明らかに怪しい

けれどそんな怪しい女の言葉に、ものすごく胸が打たれた

海に伸ばした手を今度は女に伸ばす





「なっ、名前は?」

「…残念ながら逃げる人間になんて教えたくないの。どうせすぐに消えるんだから」

「っ俺はもう逃げない」

「そんな口約束信じられないね。まあその証で次逢った時に教えたげる」

「また逢えるのか!?」

「さあ?君がもし私を探すなら。この島になぜかアイツがいるみたいだし私はこの島から一刻も早く出たいんだよね」

「、俺は探すから」

「なら私が覚えてるうちにしてね。じゃあ」





そう言った女は空気に溶けるみたいにして消えた

その場に残ったのはしゃぼん玉がなんこかで、風に吹かれてそれも地平線へ

一瞬夢だったんじゃないかと思ったけど、俺の手元には女が俺に手渡したナイフがある

女の声、言葉はたしかに俺の頭の中に


俺は立ち上がって街への道に向かう

家に帰る途中、俺は隈の濃い男に逢った

この人なら俺を変えてくれるかもしれない

こんな世界を変えてくれるかもしれない





『俺と来るか、…ペンギン?』





俺の心臓はこの人のもの






























まるで人魚姫

(声の代わりに失ったものは、)












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ