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「お主、名はなんというんじゃ?」





名前はなまえというらしい

焚き火を囲むように座りながら、申し訳なさそうに魚を食べる女の子のことだ

ここに来る前のことは覚えていなくて、気がつけばあそこにいたらしい

はっきりと覚醒してから、儂らの顔を見て驚いたような顔をしていた

あんな草むらのど真ん中で話すのも癪だったし、女の子もお腹が空いているようだから、とりあえず焚き火に行こうと提案する

なまえは最初申し訳ないと断っていたけれど、儂達が強く勧めた

他の奴らなら、怪しいと一蹴していただろうが、それほど美しいと思ったし、知りたいと思ったし、知ってほしいと思ったから

初めてだった


焚き火を囲んで、自己紹介をすると、さらになまえは驚いているようだ

この場所の名前とどこの大陸にあるか、近くの街までは何日かかるだとか、儂達はなんのためにここにいるだとかを話した

なまえは、ゆっくり、反復しながら、自分の中で噛み砕いていくように理解して、それから、絶望したような顔をする

これだけ美しいのだ、人攫いにでもあってきたのだろうか

けれども、こんなに、罪深いことをするような奴がいるんだろうか

それもこんな草むらに1人で、置き去りに

儂たちに気付かれないような、そしてここまでなまえを運んで瞬時に消えることができるような猛者がいるのか?



その顔に浮かんだ絶望の意味を探ろうとする

ヘテロもそんな表情に気づいたのか、できることがあったら助けるから教えて欲しいと伝える

間が少しあって、頭がおかしいわけではありませんと前置きをしてから、口を開いた

そういえば、声は少し高めでよく通ると思う





「私は・・・、この世界の人間では、ないと思います」

「・・・なんでそう思うんじゃ?」

「私の知る世界に、教えていただいたような街も大陸もありませんし、まずいま話している言語は・・・、っ私の知る本の世界のものなんです。私にも分からないんですが、ここまで覚えていた筈はない言語なのに、何故か理解できるし、無意識に口から出ています。すみません、私も何がなんだか分からなくて、上手くお伝えできてなくて、」

「本に出てくるって?」

「はい、私がよく読む本の中に出てきます。それから、ネテロさん、貴方も登場人物として登場する物語です」

「儂が登場人物?」

「おい、俺はでてこないのか?」

「ヘテロさんは、私の知る限りでは登場していません。もしかすると、その物語は未完なので、これから登場したかもしれません。・・・・・・こんな意味の分からない話信じられませんよね、お話聞いてくださったり、お魚いただいたり、ありがとうございました」





言い終えてから、今度は泣きそうな顔をしたなまえ

たしかに、話は突拍子もないが、信じたくなるほどなまえの美貌は異世界じみていた

異世界から来た天使ですと言われた方がすんなりと信じることができたかもしれない

けれども、先程考えた通り、儂達の目をかいくぐれるほどの猛者が、こんなところになまえを放置していく理由がない



そんななまえの手を、がしりとヘテロの手が掴んだ

なまえも驚いていたが、掴んだ本人の方が驚いていた

どうやら無意識らしい

それでも、手は離さず、まっすぐになまえを見つめる





「俺はお前の言うことを信じるよ。この世界のことを知っていても、この世界で暮らしていくようなツテはないんだろう。俺たちと、暮らせばいい」





こうして、奇妙な共同生活は始まった


ねぐらにしていた、木造の家の一室をなまえのものにし、儂達が外で修行をしている間にその前の日に採っておいた魚や鳥などを見事に調理してくれているなまえ

初めは捌くことすらできなかったそれらも、教えてやれば少しずつだがモノにしているようだった

生きていくために、腹を括ったらしい

初めは挨拶をすることすら戸惑っていたのに、最近は少しずつだが今日なにができただとか、嬉しそうに話してくれるようになった

修行終わりに、3人で火を囲みながら作ってくれたご飯を食べる日々

なまえと狩りに行ってみたり、文字は読めないらしいから教えてみたり、人生である意味1番充実していた気がする

気づけば、2年の日々がたっていた

幸せだった





「ネテロ、お前も分かってんだろう」





そんな幸せの途中だった

なまえが寝静まったような夜中

火に当たりながら、久しぶりに2人で酒を嗜む

ヘテロは酒をよく呑むが、儂はあまり好きではないから、本当に久しぶりだった


そう、分かっているのだ





「・・・なんのことじゃ?」

「このたぬきが。少なくとも、俺はなまえを元の世界なんかに帰したくねーし、その手がかりを探すフリはしても、探したくもねー」





そうだ

ヘテロが言ったことはもちろん分かっていた

そして、こやつの異常なまでの執着も、まるで神を崇めるような視線も、全てが分かっているのだ



ここでヘテロがぐいっと酒を煽る

けれども、





「なまえにはこの世界で生き抜くための力がねー。俺達が一生守ってやれるのが1番いい、・・・だがなまえはそれを望まねーだろうし、きっと途中で帰れないことに気づいてまた絶望するだろう。・・・俺はそんななまえの踏み台になりたい」





見たことがない表情だった

焚き火で揺れる炎に照らされるそれはぞっとするものだ

そんな儂の表情に気づいたのか、すぐにいつもの温度のある表情に戻って、また酒を煽った


それから、自分の徳利に酒を注いで、儂の空になった徳利にも酒を注いだ





「俺は、本望だよ、そうやって生きられるのなら。ネテロ、お前と乾杯するのは初めてじゃねーか?」

「・・・そうじゃのう、初めてじゃ」

「なまえは、任せたぜ」

「なにを言うとる、お前も一緒に守るんじゃろ?」

「ああ、もちろんだ、・・・俺がずっと守っていくんだ」





そこからは今年はよく魚が捕れたとか鳥は少なかっただとかたわいもない話をした

時折冗談をまじえながら話す

さきほどの空気はどこにもない

それから、ヘテロは酒がまわったから先に休むと家の中に入っていった

儂も火の始末をして、ベッドに入る

酒はあまりまわっていなかった


























次の日の朝

いつもならもう美味しそうな朝ごはんの匂いをさせているような時間なのに、気配もしない

寝坊でもしたんだろうか

少し離れているところにあるなまえの部屋

儂の部屋から1歩踏み出した瞬間、ある臭いがする

血の臭いだ

それもなまえの部屋から

思わずまだ掴んだままだった扉のノブが嫌な音をたてる

すぐになまえの部屋まで走った

後で気づいたが、蹴りだす床がへこんだほどには力を入れていたらしい

すぐにつく距離だ

けれども、それはすごく長かった

なまえの部屋の扉は少し開いていて、その扉が取れかけるほど強い力でばんと開く




そこにはベッドの上で胸を刺されたなまえとベッドの脇でうつ伏せに倒れたヘテロ

床はまるで血の海だ

なまえはまるで眠っているようだった

けれども、いつも白いその肌は陶器のように青白くてまるで作り込まれた人形だ

綺麗になまえの胸に刺さるナイフを含めてまるでなにかの美術館に飾られる芸術品に見える

足元のヘテロを仰向けにすると、ヘテロも同じように胸にナイフが刺さっていた

ナイフ程度に傷つけられる皮膚なんてとうの昔に捨てたはず

昨夜のヘテロとのやりとりを思い出す

まさか

そんな

身体中から嫌な汗が吹きでる

ぞくぞくとした寒気が背中に走った


儂の頭の中である結論に思い至る





ヘテロは自分の能力をなまえに譲渡した


それも、その渡り賃として自分の命をかけて






ヘテロの念の通りならば、このなまえは1週間後に綺麗さっぱり消えてなくなる

それから、世界のどこかにランダムに生き返る

今回のナイフに対する耐性をつけた状態で


頭がクラクラした



儂は止められなかったのだ

こやつの狂気と呼べるほどの情を知っていながら











いや、止めなかったというほうが正しかったのかもしれない


死んでも死なない、神のような存在になるなまえに、喜び以上の感情が儂の中に沸き立つのを感じたし、それに恐怖もした






すべてが精密に作られた人形のようななまえ

そのなまえが朽ちていく姿は儂には見ることができないだろう

けれども、この仮説が正しいと証明するには、1週間後に消えることを確かめなくてはならない


なまえとヘテロの墓を並んで作った

燃やさず棺に入れて、よく焚き火を囲んだそこに埋めたのだ

それから、ヘテロの墓の上から餞別に思いきりあいつの好きな酒をかけてやる

一夜にしてすべてのものを失った気分だ


小屋は焼いた

前々から話があったハンター協会にまで出向いてみることにする

次にくるのは一週間後だ



































震える手で棺を開けた

朽ちたなまえを見ることになるのか、それとも儂の仮説は合っていたのか



なまえは、いなかった



まるで最初からなにもなかったようだ

笑いが込み上げてくる


きっと世界のどこかで震えているなまえ

さて、ハンターライセンスでも使って探しに行こうか


























ねえ、アリス

(うさぎを追いかけて、穴に落ちたのってどんな気分?)





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