「キバナさん、あれ、人じゃないですか」
「は?」
今日は、ジムにチャレンジャーが来ない内に、ジムトレーナーの特訓目的にワイルドエリアにいた
1番早いチャレンジャー達もヤローさんのところを越えたばかりと聞く
俺様までの道のりはまだまだ長いらしい
ワイルドエリアのポケモン達は、タイプとか性格もバラバラだし、思ってもみなかった攻撃を繰り出してくるから、特訓相手にはうってつけだ
特にげきりんの湖の近くは俺様の大好きなドラゴンタイプも多いし、とてもいい特訓になる
ジムトレーナー達の闘いを見ながら、隙があったりテンポが遅かったりしたらアドバイスをして、ジムでのバトルもいいけど、たまには息抜きがてらにこんな特訓もやっぱりいい
野生のポケモン達の出現にも一息ついて、ジムリーダーやポケモン達との休憩にもテントを張る
ポケモン達には各自キズぐすりやらきのみやらをあげたりしながら、見える範囲で自由にさせてやってるみたいだ
ジムトレーナー達も、間食や水分摂取したりさっきの特訓の動画を見直したりしてる
俺様もSNS用にその風景の写真を撮って、今日の相棒のコータスを抱き寄せて撮ったツーショット
うん、コータスも機嫌は良いし、いい出来すぎる
それにしても、コータスのおかげで、今日もいい天気だ!
そろそろ休憩も終わりにして、ジムに戻ろうかとしていた時
ジムトレーナーの1人が、げきりんの湖を指さしてびっくりしたような声を上げた
それにつられてそちらに視線をやると、本当に人間が泳いでるじゃねえか!!
反射的にコータスをボールに入れて湖の方に走る
こんなに野生のポケモンがうじゃうじゃといる、ただでさえレベルが高いエリアで優雅に人が泳いでるなんて前代未聞だ
旅人でそんなことは知らないか、またはよっぽどの阿呆か
ラプラスの甲羅に掴まって、すいすいと湖を泳いでる人間
このキバナ様の目の前で襲われたとなっちゃ、目覚めが悪すぎる!
湖の方に走りながら、あの優雅に泳いでるのが死体だったなんてないことを祈る
幸い、近づいていくと、人の足は緩くバタ足をしていて、ラプラスに楽しそうに声をかけてるみたいで安心した
けれど安心したのもつかの間
少し遠くから、ゆっくりと水面から顔を出したブルンゲルのオスがその人間に近づいていくのが見えた
ああ!!間に合わなくて魂取られちまっても知らねえからな!!!
手持ちは今日連れてきたコータスだけ
相性は最悪だが、撃退くらいはできるか
湖の際あたりにボールを投げてコータスに出てきてもらう
ブルンゲルの触手みたいなものが人間に伸びかけたのと、コータスに指示を出そうとしたのはほとんど同時だった
「コータ、ス、」
けれど、コータスが技を繰り出す前に、その人間の横の水面から突然ウェザーボールが飛んできて、ブルンゲルに直撃した方が早かった
思わず、気が抜けた声が出る
え、どっからウェザーボールは出てきた?
ブルンゲルはその衝撃で、そそくさと水面に潜っていく
その爆破音と少しの爆風に、泳いでた人間は、やっと気がついたらしい
いま俺様も気がついた
あの髪も、あの顔も見たことあるぞ
「おい、アンタ、」
「・・・ああ、お久しぶりです」
「なんでげきりんの湖を泳いでんだよ!!?ここは野生のポケモンがうようよいるんだぞ!!!危ないだろ!!!」
「?もしかして、遊泳禁止とかでした?すみません、知らなかったもので」
「、あのなあ・・・」
やっぱり、それはダンデの親戚の女だった
染めたっていう髪は本当だったらしく、たしかに前よりも色が薄くなってる気がした
ラプラスに合図を送って、ゆっくりと湖岸に近づいてくる
それから、浅瀬に来ると立ち上がって、ラプラスにきのみをあげた
ラプラスはとても機嫌よさそうにきゅうんと鳴いて、女に頭を擦り付けてから、また湖の中心部に向かって泳いでいく
まさかのラプラスまで野生のポケモンだったのかよ!!!
急に気が抜けて、思わずその場に座り込む
あー、なんつーか、さすが親戚って感じだ
コータスはなにがなんだか分かってない顔で、俺の顔を覗き込んでくる
それから、やっと追いついてきたジムトレーナー達に、大丈夫なことを伝えて、先にジムに帰っておくことを伝える
怪訝そうな顔をしていたけど、他地方から来たトレーナーで、軽く注意だけして俺様も戻ることを伝えれば、納得したように戻っていった
俺様は、あの女のことをほとんど知らないし、ダンデの親戚っつーのを勝手に教えるのも気が引けたから、嘘をついちまったのは仕方ない
女の方に向き直れば、近くに置いてあったらしいバッグから、タオルを出して身体を拭いている
ため息をつけば、不思議そうに視線をこっちにやる女
ほんと、っはあ〜〜〜〜!!!!!
「そんなにため息ついてたら、幸せが逃げちゃいますよ」
「誰のせいだと思ってんだ」
「え、私ですか?本当に遊泳禁止だったんですか?」
「遊泳禁止っていうか、あんだけ野生のポケモンがたくさんいんのに、よく泳ごうと思ったな」
「だってこんなにいい天気だったから、これは泳ぐしかないなって。それに私のジメレオンも一緒に泳いでましたし」
「え、って、うお!急に現れるなよ・・・」
女が、手招きするように手を動かすと、俺と女の間に現れたジメレオン
急に現れたのもあって、つい大きな声が出る
そうだ、相棒は消えるんだったな
さっきのウェザーボールも、ジメレオンがうったのか
あながち、前に会った時女が言った自衛のためにジメレオンを連れてるっていうのも嘘じゃないらしい
ジメレオンは、だるそうにこちらを見上げて、のそのそと女の後ろに隠れた
やっぱり警戒心が強いから、性格はおくびょうなのかもしれない
それを見ていたコータスが、不思議そうに女の足元に近寄っていって後ろを覗き込もうとするけれど、それにびっくりしたジメレオンはすぐにまた透明になって消えちまう
女はそれを見て小さく笑うと、また視線を俺様に戻した
今気づいたけれど、女の目はとても綺麗な紅色だ
「特訓かなにかの途中だったんですよね?中断させてしまってすみません」
「どうせジムに帰るとこだったからいいけどよ、たぶん俺様じゃなくても、トレーナーとか見回りのスタッフとかでも絶対慌てて止めるだろうから、次からは止めといた方がいいぜ」
「そうなんですね・・・。ガラルは自然が豊かなのに、ポケモン達と一緒に楽しめないなんて、なんだかもったいない」
「そういや、アンタ違う地方出身なのか?ガラルの常識だったり習慣だったりも知らないようだし」
「!ええ、はい、ガラル出身ではないですよ。ガラルの地を踏んだのはつい2年前ほどのことです」
「どこ出身なんだ?」
「・・・ふふ、内緒ですよ。キバナさんに出身を教えたりしたら、その地方のドラゴンタイプのポケモンを根掘り葉掘り聞かれそうですし」
「・・・・・・否めないけどよ」
「では、私はこれで失礼しますね。そろそろホップが1つ目のジムリーダーのところに到着するくらいなので」
「あー、弟クンか。このキバナ様のところまで勝ち上がってこいよって伝えてくれよな。・・・あと、」
きのみポーチをごそごそと漁って、お目当てのきのみを取り出す
うん、いい具合に曲がってるし、これはきっとめちゃくちゃに甘いだろう
きっと性格がおくびょうなら、甘いきのみは大好物だ
この間、フライゴンと採りにいったマゴのみを女の掌に数個手渡す
女の頭には明らかにクエスチョンマークがたくさん浮かんだ
「俺様がやっても、食べねーだろ、アンタのジメレオン。ご主人様の護衛お疲れさん」
「ジメレオン、甘いきのみが大好きなので、きっと喜びます」
ほらな?このキバナ様の洞察力をなめちゃいけないぜ
「イメージと違いますね、キバナさん」
「イメージ?」
「ポケモンバトルの時だったり、ポケモンとか自分のバトルに関連する時は、顔も怖いしなんだか圧もあるから、怖い人なのかと思ってました」
「そりゃ、俺様はジムリーダーだし、ポケモンが大好きだから、人も変わるだろうよ」
「・・・たしかに、バトルの時は変わるかもしれませんね」
「?やっぱりアンタもバトルするのか?」
「齧る程度ですよ」
それから、女はリュックを背負ってぺこりと頭を下げた
けれど向かう方向はナックルシティの方じゃなくてストーンズ原野の方だ
弟の観戦に行くって言わなかったか?
「アンタ、空飛ぶタクシーでいくんだろ?ナックルは逆方向だぜ」
「!ああ、そうでした。ありがとうございます」
「ダンデと一緒で、アンタも方向音痴なのか?」
「ダンデとは一緒にしないでよ!・・・あ、ください」
「ふふ、たしかに、アイツの方向音痴とは一緒にされたくねーよな!空飛ぶタクシー乗り場まで送るか、ふふ?」
「なにがつぼにはまったかは知りませんが、大丈夫です」
「拗ねんなよ、ほら、一緒に行こうぜ」
結局空飛ぶタクシー乗り場まで一緒に行った
方向音痴具合をダンデと一緒にされたくらいで怒るなんて、落ち着いてるように見えるけど案外年相応なところもあるみたいだ
綺麗なこいつの紅色の目を見てると、もっと似合う髪の色があったろうにと思っちまう
どきり
(天使ちゃんの目の色と似てた、なんて失礼すぎだろ)