short story

□幼き日の、小さな幸せ。
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1月23日。もう随分と寒くなってきたこの国では、最近ようやく雪が降り始めた。
シルクパレスでは雪なんて年中見られるから、珍しくも何ともなく、逆に雪がない方が珍しいくらいだ。
だが、この国に来て、雪は珍しいものだと知った。
皆、雪が降ってきただけで騒ぎ出す。

誰だったか、前に言っていたのを思い出す。
『雪は、ボクが始めて綺麗だって思ったものなんだ』
と。

「雪が、綺麗…か」

ひらり、ひらりと手のひらに落ちてきた雪を見ながら、俺は幼き日の事を思い出していた。





ふわ、ふわ、ふわり。

目の前を白いものがふわりふわりと舞っている。
そうっ…と手を伸ばし、それを手のひらで受け止めようとするが、落ちてきたそれは、手のひらの上で消えてしまった。
落ちてきたところが、少しひんやりしている。
もう一度手を伸ばし、今度は掴んでみる。でも、手を開いてみるとやはり手の中には何もなく、ひんやりと冷たいだけだった。
不思議に思って、首を傾げると、頭から何かがバサバサッと落ちてきた。
驚いて頭を触ると、濡れたような冷たい感触。
手にとってみると、白い塊。なんだかふわっとしている塊だった。
白くふんわりしたそれは、今、目の前をふわりふわりと舞っているものだと思った。そして、それが周りに積もっている、真っ白い雪だということも思った。
だが、何故すぐに消えてしまうこの白いものが、どうやってこんなにも大きく、白い塊になって積もるのだろうか。
また首を傾げる。バサバサ…。また白いふわふわが落ちてくる。

「雪が気になるのか、カミュ」

不意に声が降ってくる。
その声は、愛して止まぬ、我が愛しの…

「女王陛下…」

陛下の元へ駆け寄り、すっ…と背筋を伸ばして立ち止まり、跪く。

「うむ。顔を上げよ。して、カミュ。そなた、雪に興味があるのか?」

「はい…不思議だと、思いました」

俺の言葉に、陛下は楽しそうな表情を浮かべ、こう言った。

「そうかそうか。じゃあ、妾がもっと不思議なものを見せてやろう!」

すると陛下は、俺の頭に手を伸ばし、乗っていた雪をつまむと、手のひらに乗せ、何かを唱える。
陛下の手が淡く光り、次の瞬間、キラキラと輝くものが陛下の手のひらに現れた。
青っぽいような、白っぽいような、不思議な輝きを放つそれは、オーロラとはまた違う美しさを持っていた。

「わ……きれい……」

もっともっと、いろんな表現で、その綺麗さを、美しさを伝えたいのに、上手く言葉にできなくて、やっと出てきたのは、そんな安っぽい言葉だけだったが、俺のその言葉に、全ての思いが出ていたようで、陛下はとても満足そうに頷いた。

「うむ、そうだろう?そうだろう??これはな、カミュ。雪の結晶というのだ。これが沢山集まって、白い小さな粒になり、降ってくるのだよ。これはその結晶を、そなたにも良く見えるよう、拡大してやったのだ」

嬉しそうに、楽しそうに話してくださる陛下。
俺は、この結晶が、陛下の嬉しそうな笑顔と同じくらい美しく、綺麗なものだと思った。

「陛下…とても…、美しいです……。ありがとう、ございます」

結晶の事を言ったのか、陛下の事を言ったのか、自分でもわからないが自然と言葉が口に出た。

「うむ、それは良かった!……そうだカミュ。雪に興味があるというのなら、妾がスケートを教えてやろう!」

「スケート…ですか?」

あまり聞き慣れない言葉に、思わず首を傾げる。
すると陛下は少し驚いた顔をしたが、ふわりと微笑むと、俺の頭を撫でた。

「そなたはスケートを知らぬのか…。ならば尚更、妾が教えてやろう!」

陛下は俺の手をギュッと握ると、上機嫌に歩き出した。

「あ、有り難き幸せ…っ‼︎」

「よいよい!子どもは子どもらしく、遊ばねばな!」

俺は、これからどんな素晴らしい事を教えていただけるのか、どんな素敵なものを見せていただけるのか、胸を高鳴らせながら、陛下の後をついていった。





「……陛下」

嗚呼、懐かしい。
昔は自分も雪を綺麗だと思っていたのだ。周りにありすぎて、その美しさを当たり前だと思ってしまっていた。
陛下に教えていただいた美しさを。
まだ随分と小さく、陛下に名をいただいたばかりの頃の、数少ない幸せな思い出。
真っ黒い部分をまだ知らず、雪のように白く、白く、純粋だった俺に、沢山の美しさを教えてくださった陛下。
今度は、俺が美しさを伝えたい。

手のひらに雪をとる。呪文を唱え、雪を結晶にする。
その結晶は、あの時と同じ輝きを放っていた。
さっきまで、当たり前だと思っていた景色が、とても美しく鮮やかに色づいているように見える。
きっと、あの頃の気持ちを思い出したからだろう。

ふわ、ふわ、ふわり。
舞い落ちてきた冬のカケラをしっかりと手で受け止め、その美しき冷たさにしばらく浸っていた。


end


カミュ様、お誕生日おめでとうございます。

幸せな思い出が、増えますように…。

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