こばなし

□  ありがとう
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「ハァ………」

今日、ましてやここ3日で何回目になるか分からないため息が繰り返される。

「マリア……」

この名前も同じく何回目になるだろうか。

「そんなに会いたいならいいかげん会いに行けばいいじゃない」

ちなみにこれもベティだけでなく、昼飯時のメンバーが口々に言っている。その度にこの男――クランの頭領の男は「そうだけどネ。きみの顔なんか見たくないって言われたしサ。しばらく会いに来るなって……」などと言ってはまた最初に戻るのである。



――本当に、どうしようもない



呆れ果てて「付き合い切れないわ」とは言ったものの、こう毎日毎日へこまれていると嫌になってくる。他のメンバーからしても同じらしく、あの子に対してのこいつの豹変ぶりを知らなかったやつらは、最初のほうこそ驚いて面白がったりしていたものの、いつまでも落ち込みっぱなしのこいつを見てだんだん励ましもやめて近づかなくなっていた。
カイが言うには「あんな落ち込んだやつと居るとこっちまで暗くなってくる」らしい。まぁ、そのカイ自身もアジアンの豹変ぶりを見て大分落ち込んでいたようだったが。
こうしてn’ebul一階のオトミ婆さんの食堂の端の席に近寄るものは今やダリエロとベティ、リキエル、それに傷心に付け込もうとでもいうのか、ナツコとナツコを連れ戻しに来るウ゛ィクトリアだけだった。

いつもならクランのメンバーに対しては冷静を装っているこいつをここまで素……なのかは分からないが感情を現わにさせるのは今やあの子だけだ。
クラニィの時は別にそこまで特別な感情を抱いたことはなかった。確かに軽く落胆はしたかもしれない。だがクラニィはあいつにとってかけがえのない親友〈とも〉であって父親にも近い存在だった。だからあたしは落胆こそしたがでも、ただそれだけだった。
けれど、あの子は……あの子は違う。




薔薇のマリア〈マリアローズ〉




ねぇ、あんたは一体なに?何なの?
別にあたしと変わらない、あたしより劣る能力。あいつへの思いやりなんて、あいつのことを少しも考えていなかった言動、行動。
ただ綺麗なだけ、それだけなのに、あいつはあの子を選んだ。あの子にだけは違う顔を見せて、自分から近付いてまでして、どこまでも自分を犠牲にしながらもそれでも愛を囁いてみせた。
許せなかった。そして――

認めたくはないが、悔しかった。

当たり前なのに。あたしはあいつに一度も自分の心の奥に眠っている、けれど決して深い眠りではなくふとした拍子に目を覚ます思いをちらつかせてみせることもしなかったのだから。だからこそ今のこの未来が出来上がっているのだ。
後悔なんて出来ない、いや、していないし、しない。
実際のあの子はあたしが思っていたようにただ綺麗なだけではなかった。そしてあいつの想いに応え始めた。









「よぉ、アジアンいるか?」

顔をあげると入り口にダリエロが立っていた。
肩をすくめて変わりがないことを示してみると、苛立たしそうに顔をしかめる。

「ちっ、いつまで落ち込んでるつもりだ。あの野郎」

吐き捨てるように毒づきながらも、用があるのだろう。アジアンのところまで近付いていくとおもむろに「おい」と声をかけた。

「……なんだ、ダリエロか。何か用かい」

のろのろと顔を上げてみせたうえにやる気のない顔を向けられてダリエロの顔がますます歪む。殴りたいのを必死に堪えるように拳が固く握られているのが見える。
しかし、そのまま怒鳴り出すのかと思ったら意外にも溜め息をついただけだった。

「くそ、今更グダグダ言ったところでしょうがねぇしな。……外。てめぇの好きな赤毛のやつがきてたぜ。っつっても、他にもガキみてぇなのと顔色悪そうな奴も居たけどな」

「マリアが!?」

途端に外が見える位置へと移動する……がしかし、本当に移動しただけであの子に向かって行くことはない。どころか気が抜けたようにその場に座りこんだ。

「あら、てっきりすっとんで行くと思ったのに。安心し過ぎて腰でもぬけたの?」

半分の冗談と四分の一の本気を混ぜてからかってやると恨めしそうに睨まれる。

「うるさいなァ、ボクらにも色々事情はあるんだ。放っておいてくれないか」

「なるほど、それが3日間も落ち込みっぱなしだった頭領を慰めてあげてた仲間に対して言う言葉なのね?」

「そ、それは……」

「まぁいいわ。どうせどう会ったらいいのか分からなくて悩んでるだけでしょうし。出掛けるついでにここに来るよう言って行ってあげる。サフィニアもいることだし」

「なんだ、出掛けんのか?」

「そうよ。クルオにお茶に誘われたの」

「はっ……?クルオって誰だよ」

相手が誰だか分からないダリエロはただ疑問を持っただけだったが、今までずっと自分のことで手一杯だったハズのこいつまで反応するとは意外だった。しかもその反応も全く予想外のものだった。

「!?まさか本気であんな奴と会う気なのかい」

「えっ?……ええ、そうよ。悪い?」

「わ、悪いに決まってるダロ!何されるか分からないじゃないか。……そうだ、やめたほうがイイヨ、あァ」

顔や声が明らかに必死だった。「キミがまさかあんな男にひっかかるなんて……」などとぶつくさ言っているが、どうやら動転しているようだ。
その様子をダリエロは面白そうに見物していたが、心配された本人であるベティはその狼狽ぶりに驚きを覚えていた。
と同時に、ちょっと……いやかなり嬉しかった。
まさかあの子のことで頭がいっぱいのこいつがベティのことに反応するとは思っていなかった。ましてこんなに必死になるなんて尚更だ。
何だか笑いたくなったのを堪えるとベティは外へと向かうべく歩き出した。途中で振り返ることはしない。


今ならあの子にも少しは優しく接することが出来るかもしれない。とりあえず今は笑顔で声をかけることが出来るだろう。


ドアを開ける時に初めて後ろを振り返る。と言っても距離はたった数歩でしかなかったけれど

「大丈夫よ。私はそんなに軽くないわ。それに、クルオはそんなに悪い人じゃないわよ?……」

ドアを開けながら、外に出ながら言った言葉だったから後半は聞こえなかったかもしれない。特にその後に小声で呟いた「……ありがとう」はおそらく聞こえていないだろう。





――けれど、それで充分だ。


背後で扉が閉まる音がする。それはパタン、と軽いいつもと変わらない音だったが、今日だけ、ベティには特別な音に聞こえた。
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