「なあ、お前がホモって本当?」 関係が壊れるのはいつも唐突だ。こんな問いかけひとつでギクシャクと心地の悪いものに変わり果てるのだから。なるべく装った平静にそいつは気づくはずもない。いつもどおりに茶化して返せばいいだけだ。 「はは、んな訳ねぇじゃん?ホモとか生理的に無理だし。」 しかし現実には俺にはそんな言葉しか思いつかなかった。 笑い飛ばしたのは俺だけで、気まずい沈黙が間に入る。余談だが、フランスではこの会話の途切れを”天使が通った”と表現するらしい。なんとも気取ったいいまわしである。 「…だよな、ホモとか…生理的に無理だよ、な。」 そんな思考の合間にも、くしゃくしゃに顔をゆがめて笑う姿は傍目から見て相当無理をしているようにも見えた。しかし俺はそれ以上言葉をかけるのをやめた。変に墓穴は掘りたくない。俺は関係を壊すのがいやなのだ。今の関係が一番心地よい。変化を望まない、保守的な性格といえば聞こえはいいが、ただの臆病者なのだ。 「おまえ、ちょっと顔色悪くねぇ?」 「いや、大丈夫だから。」 肩にかけようとした指先が嫌悪を露にしたように即座に払われる。いや、半分恐怖に近い瞳で俺をなきそうに見つめてくる様子から覇気はない。そんなにも俺は嫌われてしまったのだろうか。そんなことを考えている俺のことを、そいつはゆっくりと抱きとめる。いや、重いし。つか離れろし。心拍でうるさい。…でかかった言葉を飲み込んで背中をなでてやる。 「中途半端に優しいお前が一番ひどいよ。本当は知ってんだろ、俺が…」 「いったろ、俺にそんな趣味はない。けど、お前は大事にしたいと思ってる。」 耳を突いた言葉に瞳を閉じる。話を遮る口元はゆがんでいたに違いない。 少しだけ鼻が詰まった声色が心地いい。こうしておけば、色恋のように冷めることもなく、こいつはここにいてくれる。友達、それはなんて便利な言葉だろうか。そう名乗っておけば、いくらそばにいたって同姓ならただの仲良しで、無条件に隣に座る権利が与えられる。恋人などという曖昧で不安定な存在よりも長く、いうなれば半永久的な権利。俺は、一時的なキスや肉体よりもそれがほしかった。 「俺は触れたくて仕方がないのに、お前がいるのはいつも水槽の外側で、えさを振りまくだけ…飼い殺されている気分だ。」 そういった言葉はあながち間違いではないのかもしれない。 だって俺はホモではないのだから。同じ水槽に入れる訳もない。 しかし、違う存在だとしても、そばにいてほしいのだ。 Q.本当に飼い殺されているのは、どっち? |