「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・っ!」

それはもう無我夢中で走ったから道行く人は何事かと目を丸くして道を開けた。
何度か「神楽ちゃん?」って、名前を呼ばれた気がするけど返す余裕もないの。
依頼なら銀ちゃんに、愛の告白なら私に追い付けるぐらいになってから出直してよ。
早く行かなきゃ。

「・・・・・・っ・・・待ってるアル!マヨラァァァ!」



〇少女の特権〇
(兄貴とお兄ちゃん・・・?篇)



遡ること5分前、つい先程の事だった。
私もいざとなったら寝起き30秒でエンジンが掛かる。
万事屋の電話が朝っぱらからリンリン、リンリン煩くて、銀ちゃんはどっぷり夢の中に浸かって起きて来ないしで仕方なく私が受話器を取ったの。
そうしたらビックリ。

『如何にも寝起きですって声だな』

瞬間ちょっぴり声を張って、そんな事ないよって背筋が伸びる。
電話の向こうじゃ別に分からないのに視界の端でくるりんと丸まる寝癖を手櫛で直してしまうのも、なんだか知らない内に自分が女になってしまったみたいで・・・女、なんだけど。
でも、やっぱりマヨラーの声が一寸違わず本人を表すかの如く真っ直ぐ凛としてるから自然と此方も身が引き締まるのかな。

「・・・どうしたアルか。銀ちゃんならまだ布団とヨロシクしてるネ」

『そりゃ都合がいい。依頼もねぇならちょっと出て来いよ、イイもん食わしてやる』

「こんな朝っぱらからアルか?」

するとマヨラーは「・・・あー」と、少しトーンを落とし、銀ちゃんが起きてないならそうだよなって納得した様子。
朝御飯もまだ食ってないのかって言われて時計を見たら8時を回ってる。
ウチは朝昼一緒みたいなもんだって言うと、途中で軽いもん食わしてやるからとにかく出て来いって。

「イイもんって何アルか?」

『将軍様も召し上がる特注の弁当。今日は諸大名招いた会合の予定だったんだがな、将軍様が体調崩しちまって延期。偉い数の弁当が余っちまったからってさっき俺らン所にまで回って来たんだよ。昼飯にでもすっかってなったんだが、それがまたとんでもねぇ数で・・・どうする?天気もいいし、』

「玉子は入ってるアルか!」

『た、玉子?』

「甘いのが好きアル」

『・・・ちょっと待て。おい、山崎・・・』

そのまま受話器を耳に当てて待ってるんだけど、足首を回したりアキレス腱を伸ばしたり既に臨戦態勢。
玉子はあれば其れに超した事ないけど、それよりも嬉しくてスグに飛び付きたいのを誤魔化すのに時間が欲しかっただけ。
だって、なんだか恥ずかしい。
私が嬉しいのは、お弁当が食べられるから。
滅多に食べられないような美味しいお弁当が食べられるからなんだから。
少しして『ある』と答えたマヨラー。
何だか少し様子が可笑しかったけど、それなら行ってやってもいいよって待ち合わせ場所を決めた。
屯所じゃないんだなって不思議に思ったけど、これ以上は我慢ならない。
分かったと、受話器を叩き付けるように置いたら寝てる銀ちゃんに出掛けてくると言い残し飛び出した。
まだ朝御飯も食べてないのに空腹も気にならない。
マヨラーは軽くなら朝御飯を食べさせてくれるって言っていたけど、お昼のお楽しみまで我慢するのもいいかなって。

私の気分は急上昇していたのに・・・ーー。

「あ、」

私の名前でも何でもない、たったその一音にこれまでと違い私の耳から身体の全神経が注がれる。
それでも足は止めない。
ただ無性に気になるのは確かで、走りながら後ろを振り向いてみるけど其処にはいつものかぶき町があるだけで特に気になる人物も見当たらなかった。

(・・・気の所為、ネ)

ホッと胸を撫で下ろし前を向いた時だ。
私は思わず足を止めてしまった。

「そんなに急いで、」

(な、んで・・・)

「何処行くの?」

声は確かに斜め後方でして、一度は通り過ぎた筈なのに。

「・・・なんで、お前が此処に居るアル」

「俺が先に質問したんだけど?まぁいいや。あのお侍さんは一緒じゃないの?」

「お前だって質問に答えてないネ!」

「だから、お侍さんに逢いに来たんだよ。ま、聞かなくてもお前に付いて行けば逢えるかな?こっち?」

「っ・・・!違うアル!そっちはマヨ、ラー・・・」

ん?と首を傾げる神威の向こう側、大きな包みを片手に提げ同じように、ん?って首を傾げたマヨラーが居る。
どうしよう。
こんな所で暴れたら大変な事になるし、マヨラーに見られたら・・・。

「それ、何?人間?」

ぶんぶんぶんと首を振る、神威にもマヨラーにも。
だけど、マヨラーは紫煙を吐き出しながら少しずつ少しずつ此方へ近付いて、遂に神威もマヨラーに気付いてしまった。

「アンタがマ、」

「マヨラー!走るアル!」

「ハァ・・・?っ、ちょ・・・!」

逃げるが勝ちだ。
神威が本気になったら逃げ切れる筈もないけど、それでも逃げる以外にない。

「チャイナッ!おいっ、どういう事だ説明しろ!つーか何処まで行く気だよっ」

暫く走った所でマヨラーが私の手を振り解く。
包みをその場に下ろすと膝に手をついて荒い息を整えた。
私も肩で息をしながら、何て言うべきか判断に迷ってしまう。

逃げたなんて言ったらマヨラー切腹しちゃうんじゃないかって・・・。

「しねェよっ!」

「・・・ごめんヨ。だけど・・・」

はぐらかしてばかりじゃいけないのは分かってる。
マヨラーまで危険な目に遭わせる訳にはいかないから、今日は中止にして早く別れた方が良かった。

(だけど、)

足下の大きな包みを見て、言葉は勝手に口を出る。

「・・・重かったアルか」

「・・・・・・・・・」

マヨラーは下を向いたまま、ポタリ、汗が地面に染み込む。

「お弁当、グシャグシャになっちゃったかもしれないネ・・・」

(だから、)

「きょ、」

「タクシーだな」

「・・・え?」

「だから・・・・・・ったく、逆なんだよ、逆。どうせ走るなら反対に走れって」

もう走るのも歩くのも無理だ、そう言って顔だけ上げたマヨラーに、今日は中止にしようなんて、ホントは私が言いたくないだけ。
だって、マヨラーの表情が、私にそう言わないよう言ってるから。
言わなくていいよ、って笑ってくれたから。

「っ・・・・・・そ、そんなに私とデートしたいアルか!仕方ないネっ、付き合ってやるヨ!」

「はぁー・・・なんでもいいからタクシー捕まえるぞ」

「もっと嬉しそうな顔しろヨ!」

大きな包み、今度は私が持ってあげようとしたら、マヨラーは私が持つと本当にグシャグシャになっちゃうからって譲ってくれない。
私だって注意して持てば大丈夫なのに、駄目って包みを高く持ち上げてみせるマヨラー。
見上げると、マヨラーが本当に高く、大きく見える。
ふふ、って笑ってしまうと「なに笑ってんだ」って、マヨラーこそ。

足音も気配も、追い掛けてくる様子さえ無かったから安心していた。
神威がそう簡単に引き下がる訳ないのに・・・。

「へー。お前がデート」

「ッ・・・!?」

「お前さっきの・・・チャイナの知り合いか?」

知り合いどころじゃない。
また目の前に現れた神威を睨み付けると、マヨラーも何か感じ取ったのか、神威に視線を流した。

「お兄ちゃんだよ。ね、神楽?」

「お、兄ちゃん・・・?」

「お兄ちゃんなんかじゃないネ!お前なんかバカ兄貴で十分アル!」

「は・・・え?いや待て。呼び方云々はさておき、お前兄貴から逃げてたのか?」

「あー。やっぱり逃げたんだ?」

「何言ってるアルかっマヨラー!逃げてなんかないネ!」

「お前が言ったんだろ!?」

美味しいお弁当はスグ目の前にあって、隣にはマヨラーまで居るのに、どうしていつも面倒な事になってしまうんだろう。

(もう逃げる訳にはいかないネ・・・)


 
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