《銀×土》

□あほの子。
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夏が終わったかと思えば季節は巡り秋が来て。
このまま雪が降りだして気が付けば年明けのニュースなんかを家の炬燵に潜りながら見ているんだろうなと、大して何もない、良く言えば珍しくも穏やかで平穏な日々を過ごしていた。
しかし、ほんの些細な変化に気付いてしまった俺の日常は2、3日程前からちょっぴり落ち着きを無くしている。
今日も起きてから昼過ぎまで家の中でゴロゴロしていたのだが、とうとう限界が来て家を飛び出して来た所だ。
子供達には決して真意を悟られぬよう、金でも増やして来るとパチスロを匂わせ追い出されるようにして。

(・・・はぁー)

吐き出した溜息とは裏腹に口許が緩む。
今年ももうそんな時期になったかと、忘れていた自身の誕生日とやらに思いの外早く気付かされてしまった坂田であった。



〇ヒーロー〇



(出て来たはいいけどパチスロ行く程の持ち合わせもねぇんだよなー)

今頃我が家では俺が居なくなったのを良い事に子供達が伸び伸びと来る日の準備を進めているだろう。
俺が居るとバレないように気を遣い、コソコソと表向きは平然を装いながら陰で相談し合っているのも丸分かりなので困る。
どうせなら当日まで鮮やかに騙され、驚かされてやりたがったが、こればかりはどうしようもない。
子供達のあんな姿を見てしまったら過程や結果も大きな問題ではなく、向こうがその気なら騙されてやる振りなんていくらでも出来る気がした。
きっと、ただ素直に受け止めるだけでいいからだ。

とは言え、性格柄どうしても杜撰な計画運びにツッコミを入れたくなってしまう。
一度テーブルの上に細く切られた折り紙が出しっぱなしになっていて、夜中か、俺より早く起きて何かしていたのだろう・・・何を、そんな想像をするのは止めたのだが、寝惚け眼の神楽も気付かないものだから俺も必死になって見ないよう朝食を済まし、やって来た新八が慌てて隠すのも知らん振りで通した。
そんな事が数える事山の如しだ。
最早おっちょこちょいの度を超し、DNA的な核なる部分で隠し事に向いていない。
思い返してみれば去年も、その前も、この身で思い知っていた筈だった。

(ま、それぐらいのが安心かねー)

何処かの忠犬のように、アレもまだまだ脇が甘い所はあるけれど隠し事が上手くなられたのでは危なっかしくて。
と、いつもなら通り過ぎてしまうゲーセンに目が留まった。
パチスロに注ぎ込む程の金はないが、一時間でも二時間でもゲーセンで時間を潰す程度なら。
そうして足を踏み入れたゲーセンもパチスロまではいかないが独特の香りが漂っている。
空間に染み付いた煙草の香りだ。
それもその筈、周りを見てみれば若者に混じり俺と同じくやはり時間潰しにでも来たような中年の親父がチラホラと、煙草を吹かしコインで遊ぶパチスロ台の前に並んでいた。
こんな所だから中には煙草を吸って良い歳かギリギリ判断に迷うような奴も多く居たがイチイチ気にする質ではない。
精々運悪く見廻りの警察や何かに見つからないよう好きにやってくれ。
俺は時間を潰したいだけなのだ、出来るだけ長く、出来るだけ何事にも巻き込まれずに。

「そう、出来るだけ知り合いにも逢わずに・・・って」

そんな上手い事いく訳がないか。
此処まで誰にも呼び止められなかった事の方が奇跡でもあった。
俺はてっきりウチから徒歩3分の範囲でもって例の奴らと顔を合わせると思っていたからだ。
まさか、その内の一人とゲーセンで鉢合わせするなんて思わない。

(なにやってんだアイツ・・・?)

しかも、サボる事が仕事になってるドSの申し子の方ではなく、見廻りだとしてもこんな場所、他に任せて入らないような男が。
非番と言う訳でもなさそう、土方は制服を身に纏っている。
ゲーセンでは流石に浮いてしまいそうな制服の周りには、やはり土方の他に誰も居ない。
しかし、当の本人は全く気にしていないようだ。
土方が良くても店の者は大層邪魔に思っていそうなものだが、文句まで言える者も居ないだろう。

(うーん)

土方は此方に毛ほども気付く様子がない。
店内はガチャガチャと機械音にBGMが混ざり騒がしく、距離も十分に取っている為か、先程から食い入るように一点を見つめ僅かに手元が動いているのは分かる。
他のゲーム機に隠れながら、俺は土方との距離を少しだけ縮めた。
見つかれば面倒になるのは確かだが、恐らく仕事中の土方がゲーセンなんかで何に夢中になっているのか、場合によってはネタとして十分に弄れると確信したから。
サササーッと背後まで忍び寄って、土方が見つめる先へ目を細めた。

「ゲッ」

「ッ・・・!」

丁度、己の心境と同じ声がしたのでつい自分が発してしまったのかと焦る。
顔までは見えないが周りの状況からしても発したのは土方をおいて他にない。
下手くそ、そう内心で土方に返す。

(これはどう見てもサボりだよねぇ)

透明の大きなゲーム機の中には如何にも土方が欲しがりそうな大して可愛くもない肌色多めのぬいぐるみが山のように積まれている。
ぬいぐるみと言うよりクッションの方が近いか、抱き枕にするには少し小さい。
あそこまで山盛りになっていると少し引っ掻ければ一つ二つ転がり落ちてきそうなものを、この男、今までいくら投資したのやら、コイン投入口の側に小銭まで山盛りで。
この手のゲームでは良く言う、買った方が安いパターンに陥っている。
しかし、店で買える物なら当然土方もそうしている筈で、ボックスの脇に期間限定と書かれたポップが馬鹿らしい。
明らかに売れ残りそうな代物なのだ。
何も期間限定とハードルを高くしなくても良いだろうに。
残ったらサービスカウンター脇なんかで格安で売られてそうだと助言してやりたくもなる。

(あーあ。また・・・)

ガンガン減っていく小銭。
この男がギャンブルなんかに嵌まったら金に糸目は付けないだろう、まず、あり得ない話だけれど。

と、土方の手が止まり、前のめりに倒していた姿勢を正した。
一瞬諦めて帰るのかとスグ傍に居る俺は緊張するも違うらしい。
胸元から取り出された携帯が光っている。
周りが煩いので呼び出し音も聞こえない。

(ありゃ、お呼びだしか?)

土方は電話に出て何か相手と話しているようだが背後からでは口の動きから読む事も表情から雰囲気を知る事も出来ない。
俺もひとまず土方の珍しいサボりネタを手に入れる事が出来たので、この間においとましようと低い体勢のまま身体を横に捻った。
其処へその大声は飛び込んできたのだ。

「っだぁ!だから見廻りの途中だって言ってんだろうがっ!あぁ?総悟?居る居る。何処に、って其処だよ!あ、居なくなった。追い掛けるから切るぞ。あーお前は探さなくていいから、屯所から出るな、分かったか?よし、じゃあ切る。総悟ォ!待てコラー!・・・・・・と」

うん、と一つ頷いて何事もなかったかのように再びボックスに小銭を入れるから思わず吹き出しそうになって、実際ちょっと吹き出してしまい慌てて口を押さえる。
気付くかと思われたが騒音と本人の集中によって間逃れたようだ。

(おいおいおい。なんつー無茶苦茶な言い訳してんのよコイツ)

ウチの子供達より下手かもしれない。
いや、常の土方を見ていれば決して一緒にしてはいけないと分かるのだけれど、今のは明らかに勢いで捩じ伏せた感がある。
況して沖田まで巻き込めば後々バレるのも時間の問題だと俺でも見通しが利くのに、そんな事も頭から抜け落ちてしまう程に目の前のぬいぐるみに夢中な訳か。
恐らく相手は忠犬ジミー辺りだろう、あんなバレバレの演技、俺でもジミー相手に披露する勇気はない。
これで本人は上手くやったつもりならとんでもないアホの子認定だ。

そんな事を思いながら立ち去るタイミングを逃し、また暫く土方の様子を後ろから見つめていた俺は土方の様子が可笑しい事に気付いてしまった。
見れば小銭も残り少ない。
土方ならば小銭が尽きた所で両替何のその、最悪金をおろしにでも行きそうなものだが、どうやら金とは別の理由も相俟って・・・。

(苛々・・・つーか、アレ)

まさかな、と思う。
勘違いであって欲しい。
クレーンを操作する土方の手付きがどんどん乱雑になっていくのだ。
取れない歯痒さだとか苛々も多少あるだろう、しかし、それ以上に。

「・・・・・・・・・」

狭い台の上に置いた携帯を頻りに気にしている。
土方の事だ、普段あれだけ沖田などに煩く言っておいて仕事をサボり、挙げ句嘘まで付いてぬいぐるみを取ろうとしている自分が許せなくなったのだ。
プラス、いつまで経っても取れないぬいぐるみが欲しくて欲しくて堪らない。

「・・・・・・っ・・・う」

肩が跳ねた、あの感じは間違いない。
俺は脳天ぶち抜かれたと言うよりも遥かに静かで鈍い傷みを覚える。
頭を抱えたくなる重み、気力の全てを奪われる感覚だ。
同時に我慢が限界を迎える。
この所ずっと口から零れそうになる色々を我慢しっぱなしだったが、この男なら別に我慢する必要もない。

「・・・ハァ」

と、短く、力強く息を吐いて、膝に手をつき立ち上がると、俺は土方の肩を叩いた。
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